ゆうがTEDICの話をする時に出てくる「いつもの話」がある。
何度聞いても、考えさせられる。各メディアでも見かけるが、ゆうが2011年の震災後、現地でボランティアをしていた時期に、避難所で出会った中学生の男の子のふとした一言の話だ。
「震災があって、救われたと思っている」
震災前からいじめにあい不登校になった男の子。それだけでなく、父、母…と、子どもの貧困そのものを描いたような家庭環境の子でした。(詳細はあまり書かないほうがいいだろうから省略します)
人に言えず、隠してくることが出来た、自分の家庭の問題が、避難所というオープンな場所では隠し切れない。ボランティアの方々は、避難所で日常的に声をかけてくれる。加えて、自分だけでなく、父、母の様子を聞いてきてくれる。地域から孤立されていたはずの自分が、外の人と繋がった場所が、避難所だった、という話だ。
これを聞くたびに、いつも、なんだかゾッとする。
これを聞くたびに、いつも、なんだかゾッとする。
こうしてゆうが立ち上げた団体がTEDICであり、1年目、まずは喫緊の課題である学習支援をスタートさせた。しかし学習支援を通して、子どもたちがいろんな悩みを打ち明けていく。親でもなく、先生でもないチューターである学生と、本音がぶつかり合う場所になっていく。
こちらの記事(http://children.publishers.fm/article/3162/)にもありますが、「悩み」というと軽くなっちゃうけど、想像以上に根深いものばかり。
こうして学習支援という切り口から、TEDICは「居場所」になっていったらしい。
そして現在、石巻は162人の不登校の中学生がいるらしい。1中学校に対し8人が不登校という計算ができる。そんな石巻の現状を見つめ、4年目は「不登校」の問題にアプローチしていくのだとか。これも、不登校が悪という考え方ではなく、不登校であることによって社会から切り離されやすいという状況を見つめているらしい。どういう形態で動いていくのかをしっかり考えていたし、関係機関との連携も進んでいるTEDICなら、きっと石巻で活躍してくれるだろうなと思います。
▼
何よりいいなと思ったのは、活動を通じて、客観的事実に基づいて、今何がこの地域の課題なのかを考えて、次のアクションを考えていること。簡単なようで、結構難しいと思う。うちはまだまだだな…と内省した機会となりました。
とにかく3年目のTEDICは、ますます進化していて、拠点をどんどん増やし、活動日数も増え、チューターとのコミュニケーションの工夫もみられて、チューターのモチベーションも高いことがうかがえました。
また、TEDICの教室にくる子たちが抱える課題は、TEDICだけで受け止めることはできない。あくまで、サインをキャッチすることがTEDICの役目であり、その後その子達にとって良い環境を整えるための関係各所との関係性も十分作っていました。
TEDICは、被災地である石巻に学習支援をしているNPO団体であることに間違いはないけれど、問題意識はもっと根深いところにあり、活動していることがよくわかった報告会でした。
そのときに呟いたやつ↓
TEDICは、被災地である石巻に学習支援をしているNPO団体であることに間違いはないけれど、問題意識はもっと根深いところにあり、活動していることがよくわかった報告会でした。
そのときに呟いたやつ↓
TEDICの報告会。被災地での学習支援という喫緊のニーズにまずは答える中で、3年目の節目に活動の中で新たに課題を見つめ、よく分析し次のアプローチを定め…と進化していた。被災地は被災地でなくなる。だからこそ被災地という文脈をいい意味で切り離していこうとしていて有意義な報告会でした。
— 山田小百合/Collable代表理事 (@salily1214) 2014, 3月 7
▼
最後に、「居場所は、人だと思う」とゆうが言っていた。
言葉を先行して考えるのではなく、周りから「あれは居場所だね」と言われる場所が、居場所なのだと思うけど、あえて定義づけるのであれば、人。
この人のところに行く、という場所が居場所。
その話を聞きながら、コラブルも、未来の「居場所」でありたいという目標を改めて確認しました。
その話を聞きながら、コラブルも、未来の「居場所」でありたいという目標を改めて確認しました。
0 件のコメント:
コメントを投稿