メニュー

2011/09/06

ファッションコラージュワークショップをやるよ!


いろいろ更新したいものがありつつ…


告知させてください! 
今週末ワークショップを行います。

ファッションが単純に好きな人
雑誌というメディアに興味のある人
自分が(自称)お洒落じゃなくてもかまいません(笑)
学生・社会人問わず、お気軽な気持ちでお申し込みください♪


まだ若干空きがありますが、着々と埋まりつつあるので 
お早めにお申し込みください! 

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・* 

ファッションコラージュ・ワークショップ 

~ファッション誌の解体マンダラ~ 

詳細*お申し込み→ http://bit.ly/rjUTAo 

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・* 

ショーウィンドウや、立ち読みするマガジンの中から 
魅力的なメッセージを放つファッション。 
カウンターカルチャーからハイファッションまで、日本人はファッションが大好き。 

今回の「ファッション・コラージュワークショップ」では、 
トレンド情報の発信元であるファッション誌に注目しました。 

ファッション誌を解体して、コラージュを作成。 
また、お互いに作ったコラージュを比較し、それぞれの特徴を捉える中で、 
ファッション誌が発信する情報とは一体何なのかを考えます。 

ファッション誌が語るモノゴトに向き合い、解体し、その言葉が纏う世界とは… 
土曜の午後、一緒に探ってみませんか? 

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・* 

「 ファッションコラージュ・ワークショップ ~ファッション誌の解体マンダラ~」 

【日時】2011/9/10(土) 13時~17時(予定)  

【場所】東京大学本郷キャンパス 工学部2号館 92B教室 

サブウェイが入っている建物の9階です。建物の前でスタッフがお待ちしています! 

【定員】16名(応募者多数の場合は先着順とさせていただきます) 

【対象】 
ファッションが好きな人 
雑誌というメディアに興味のある人 
どちらも特別好きなわけじゃないけど、気になっている人 
ファッション雑誌をバラバラにしてみたい人… 

学生・社会人問わず 
どなたでも大歓迎です♪ 

【参加費】無料 

【お申し込み】 
下記URLアドレスのフォームに必要事項を明記してください。 

【お問い合せ】 
山田小百合(qq116225[at]iii.u-tokyo.ac.jp) atを@に変えてください。

【主催】東京大学大学院学際情報学府 
呉重恩   http://twitter.com/#!/wuzhongen 
高木紀久子 http://twitter.com/#!/kikorine 

【参加にあたってのご注意】 
本ワークショップの様子は写真や映像で記録させて頂きます。写真記録は大学院のワークショップレポートとして掲載する場合があります。記録した音声・映像データは、研究目的以外に使用は致しません。 
また、個人情報に関しましては、このワークショップが終了次第削除させていただきます。 



ワークショップのために雑誌についてこのところみんなで調べていました。
雑誌のマーケティングとか、雑誌のカテゴライズが様々だったりとか
男性誌女性誌の違いだとか…結構おもしろいです。

このワークショップの告知をしていて、「俺(私)お洒落じゃないからなー」と言われることが多いんですけど、

おしゃれに興味があるので参加する♪でも
コラージュ作るの面白そう!
雑誌というメディアについて捉えてみたい!
などなど、理由は様々なので、お気軽にどうぞ!




**余談**

私のファッション誌との関係といえば…

高校時代からファッション誌は漁りまくっていて
教育ジャーナリストになれなかったらファッション誌の編集者になりたかったくらい
ファッション誌というメディアのことが、高校時代とっても好きでした。

初めてファッション誌を読んだのは小学校5年生。nicolaを読んでいました。

当時新垣結衣ちゃんや太田莉菜ちゃんが
ニコモ(ニコラモデル)オーディションでグランプリになって出てきた頃でした。
今でもはっきり覚えてます。その当時から彼女らは可愛かったです。
ガッキーはあのまんまだったけど、太田莉菜ちゃんがあそこまで個性的なモデルになるとは思わなかった…タイプが全く別ですよね。

話がそれましたが、nicolaが最初にファッションに興味を持ったキッカケでした。

そのあともちらちらと買ってはいましたが、本格的に雑誌を読みまくったのは高校生になってからでした。
CUTiEから始まり、すぐにZipperばっかり読んでいましたね。
気づけば古着ばっかり買ってました。
でもよく考えたら、本当に雑誌は好きで、いろいろ読みあさっていましたね。


ついでにコラージュといえば、プリクラとの関係が強かったなと思います。
小学校3年生からプリクラを撮ってよく遊んでいました。
これがだんだん「プリ帳」という文化につながってきます。

女子中高生(もしかして小学生も?)はプリクラをオリジナルのノートに
きれいにデザインして貼ってあるんですよね。

私もやってたのですが、その時に雑誌の切り抜きとかと合わせてコラージュみたいにしてました。

あれって一種のファッション誌に出てくるスナップページみたいなものだなと思うのです。
それからコラージュ作品もたまーに作って遊んでました。楽しかったなぁ。



ちなみにその中学からのプリ帳は、カタリバでみせるために全部持ってきています。
あの頃の自分若い…

ちなみに最近の愛読書はsweetです(聞いてないですね)
でも買わなくなりました。高いもん雑誌。

というわけで、余談ばかりですが笑
ぜひワークショップ、遊びに来てください!

→ http://bit.ly/rjUTAo 

2011/08/15

高2の夏休みの革命―Soclaの2週間

京都での日々を更新する前に
忘れないうちに簡単に久々の更新。

先日、Soclaが終了した。

東京大学 x ベネッセ:ソーシャルラーニングプログラム「Socla」
http://www.facebook.com/BEAT.Socla

簡単に説明すると
SNSを利用しながら、自分の進路や将来に繋がる調べ学習をしていく、というもの。
(詳細は上記リンク参照)

Facebook上でボランティアサポーターや私たちファシリテーター、スタッフのみなさんと
高校生がやり取りをしていく中で、自分のこの先に繋がる何かを探っていく2週間でした。

−−−

7月31日、都内や東北、関西からの高校生が勢ぞろい。
そして、この2週間のプログラムの最初の課題
自分の将来や人生につながる「問いをたてる」ということを
みんなに一生懸命考えてもらいたくて、必死でした。
簡単な「問い」でなく、自分の人生において大きな糧となる何かを
必死で探して考えられる「問い」。

高校卒業後の自分を描く、最初の大きな調べ学習。

そういう2週間にしてもらいたい想いで関わっていました。

最初の顔合わせのあと、すぐに京都に行くことになっていた私は
京都での朝から晩まで活動する日々の中で
スキマ時間でFacebookをチェックしたり
京都で高校生の進捗相談をSkypeで行う日々…

たくさんFacebookを更新する高校生もいれば
なかなかログイン出来ない子もいたりする中、
どうやってみんなにとって意義ある日々になるか
おちゃらけて高校生と関わる中で、実は結構必死でした。


部活や生徒会、文化祭の準備で大忙しな高校生もいました。
それでも必死にがんばっている姿が伝わってきたのが本当に嬉しかった。


大学生や社会人のボランティアサポーターさんも
学業や仕事の合間で、たくさん高校生にアドバイスしてくださっていました。
そんな存在が助けてくれていたからこそのプロジェクトでもありました。

まさにサポーターやファシリテーターは、ナナメの関係のようでした。

−−−

高校2年生の夏休みは、私にとっても人生の大きな最初の転機、「大きなキッカケ」が訪れたときでした。

学校嫌いだった私は、学校嫌いがキッカケで教育を勉強しようと思い、志望校を決めました。
まさにそれが高2の夏休みのことでした。
生徒会がものすごく忙しかった高2の夏。


私にとってのその「大きなキッカケ」は、高校時代の国語の先生でした。
授業で1度ももってもらったことはなかったけれど
彼と話した社会のこと、将来のこと、あれが私の最初のスタートじゃないかなと思います。

そんな中、部活(書道)は大好きだった私にとって
私の高校で好きな場所は、書道室であり
春になったら綺麗な桜を独り占めできる、書道室のベランダでした。
書道室のベランダで、かくれが(高校の近所の超人気パン屋)のメロンパンを食べてるときが、至福のときで
好きな歌詞を大きな紙に書道で書いている時間が、自分との対話の時間でもありました。
そして、学校嫌いの私は高3のときにはサボるようになり
同級生とあまり会話をかわさなくなりました。
気に入らないことがあったら勝手に早退したりも
めんどくさいから昼から学校行ったりもしていました。(良い子は真似しちゃだめです笑)

そして、そんな破天荒な私を支えてくれたのは、部活の顧問であり
周りと打ち解けない自分に、恐れずそのまま世界を広げていいと背中を押してくれたのは、塾の恩師でした。

自分のための進路だけど、彼にいい姿を見てもらいたくて必死だった自分もいたように思います。


私は自分の将来を一生懸命考えていたタイプの高校生だったので、
おそらく学校で浮いていて(笑)
「今が楽しければとりあえずよくね?」「とりあえず国公立じゃね?」という空気の中
すごくすごく、寂しかったことを覚えています。

仲間が、そして、ナナメの関係が、私にはいなかった。
田舎なので、情報もほぼ固定されたものしか入ってこない環境でもありました。
私にとって、その環境は当時とても窮屈でした。


でも、私なりに一生懸命考えている自分の未来を、一緒に考えてくれて、意見してくれる
そんな大人たちとの関わりがキッカケで
私は東京の大学に進学をすることを決め、自分の決意に自信を持とうと思えました。


そんな自分の高2の夏を、Soclaが終わった後、気づいたらふと思い返していました。



さらに今は、自分のさらなる原点に帰って、研究の道に足を踏み込んでみることを決めました。
そして、去年は彼らへの恩返しを込めて、彼らとの大きな約束を果たした1年でもありました。

−−−

自分の将来や人生を、一緒に考えてくれる人って、すごく貴重だと、
自分の経験とSoclaでの日々を重ねて、改めて感じました。
私は私なりに、一生懸命考えていて、誰かに見て欲しかったんだなと、今となっては思うのです。

高2の夏は大きな夏だと個人的に思います。
まさに自分の中で小さな革命が起こったようなときでした。
だからこそ、充実した2週間にしてもらいたかった。


8月13日の最終発表会でのみんなのまとめは
私が勉強になるくらいの面白い問いと
それぞれオリジナルな面白いまとめが並んでいました。

大学のパンフレットだけじゃ
偏差値じゃ
大学名だけじゃわからない
それ以上のことを、彼らなりに学んだのかなと思うのです。

さらには文章を読むだけじゃない
時には教えてもらって、助けてもらって、自分で調べてまとめるからこその学びなんだなと思うのです。

「正解は1つじゃない」問い。
それを求めることの難しさと楽しさ。
そして自分の発表ポスターに容赦無いオトナたちからのツッコミ。
悔しい思いをした高校生も多分いるでしょう。

でも、高校生で経験できるなんて、羨ましいと思う。

そうやって、鋭いツッコミをしてくれる大人が
興味をもってくれる大人が周りにいることが、どれだけ幸せなことか。
自分が高校生だったら、うらやましがるだろうなと思いました。


なにより、Soclaで関わってくださったみなさんが、高校生の身近な応援者となってくださったおかげで
かれらはとても素敵な発表をすることができたのかなと思います。

そして、8月13日の頼もしい彼らを見て、
きっと、大きな種ができただろうなと感じました。

参加した全員が、これから「あんな人になりたい」と思わせてくれるような
憧れちゃうようなオトナになってくれることを願っています。

要は、

ナナメの関係という存在、やっぱりおっきいわーってことと
今しかできない学びってあるなぁということと
SNSは学習に使えるヒントがたくさんあるなぁということ
高校生は元気が良かったということです!笑


学術的なまとめは、Soclaの年度末の報告会などで出てくると思うので
個人的感想まで。笑



おつかれさま、とありがとう、これからも応援したい気持ちを込めて
高校生に個人的プレゼントを作りました。
(何時間かかったんだ…研究しろ)

10000日たったあと、もっと先、
この2週間を、彼らはどのように感じるんだろうな。
そして、きっと彼らもこの先、誰かの「憧れ」になるんやろうなぁ。

もっともっと、私こそがんばらなきゃなと感じた2週間。
素敵な2週間でした。本当にありがとうございました。


2011/07/16

本女がどうして穴場なのかということについて。

毎日更新したいことはたくさんあるのだけど、気づいたらかなり更新していなかった。
反省です。
1週間に2回くらいは更新したいものです。
毎日何かしら気付きがあるものですからね。



先日山内太地さんがわざわざ会いに来てくださった。
そして一緒に友人りんちゃんと取材?というか雑談をして

そしてこんな記事になりました。
http://tyamauch.exblog.jp/16275304/

山内さんありがとうございました!

りんちゃんと同時並行的に喋ったがために、カオスな会話がこんなことになってしまいました。笑
私がまるで本女にいろいろ不満があったっぽいような記事になっていますが…!

そんなことはないですよ。まじで。
ここで出会った本女の友人、学んだこと、本当に私のたからものだと思うくらい、本女ライフは心から楽しかったです。
大学のいろいろな制度とかに不満はあったけどね。

日曜日に大学入れないし
学食13:30には閉まるし
うちの学科のゼミはジャンケンで決めたし
目白ー本女直通バスは170円するし
とか出したらきりないからまーいいとして。

せっかくなので、簡単に自分の大学時代(主に日本女子大学での生活)について記してみようと思います。

山内さんの記事ではかなりぶっ飛ばして(笑)書かれているので、もう少し補足的に話すと

私は高校時代から「教育と社会の関わり」に興味がありました。
昔のほうがいろんなことを考えていたわたしは、教育が社会の土台だという結論に当時至りました。

でも、当時「先生」という人たちが大嫌いで(ほんとうにすいません)
「先生」にはなりたくなかった。


だから、反面教師的に教育を学びたい。
そして、地元を出たい。

超簡単に言うとそんな思いで早稲田大学教育学部を受験することにしました。
教育学を学んでも、先生になる人が少ないというのと、有名大学だったからというのと
絶対にノリが私に合ってると思ったからです。←これ結構外れてないと思う

そして併願は日本女子大学のみです。出願した学科全部に一応合格はしました(家政経済学科、日本文学科、英文学科)
(ついでに大分大学経済学部にも合格していますがどうでもいいのでこの話は割愛)

ちなみに日本で一番古い「女子大学」は日本女子大と言われているので
年配の方々が言う「女子大」は固有名詞的な意味で「日本女子大」を指すことが多いです。
(津田塾と比較されますが、「女子大」を名乗るという意味で違うんだった気がする。でもこの話も今重要じゃないので割愛)

さて、私は結果、早稲田に落ちて日本女子大に入学することになったのですが、そもそもなんで併願に本女を選ぶことにしたのかには理由があります。

山内さんの記事のとおり、私は女子だけのコミュニティというものに偏見を持っていたので
女子大なんて絶対嫌だ!と言っていました。
でも当時とてもお世話になった塾の先生は、
「佐伯市の人はぽんじょをしらんけどね、東京では有名な大学だよ。女子大嫌だ!と言ってた人は大抵卒業の時に『女子大楽しかった』と言ってるから、君は大丈夫だよ」
と私にしつこく言っていました。(というか学力も足りなかったんだけど、それを抜きにしてもよっぽど早稲田に行かせたくなかったらしい笑)

もし早稲田がダメだったら本女に行くことにした3つの理由


  1. 早稲田の授業に潜ろう作戦
  2. 「女子としての特権」の4年間
  3. 家政学部家政経済学科という穴場

1.早稲田の授業に潜ろう作戦
授業なんて、潜ればいいじゃん。ということを知っていた。
カタリバでこの話を高校生にするととても驚かれるけど、確かに高校生でそんな発想に至る人はそういないのかもしれない。なんで私もそういう発想に至っていたんだか覚えていない。
ついでに大学を調べていたときに、早稲田、立教、学習院、日本女子、学習院女子の5大学での単位交換制度(F-Campus)を知って、立教を併願にしよう!と思って、立教を受験することができず、本女でいいや、と落ち着いたのもあった。
まぁ実際エフキャンは名ばかりと言われてもしょうがない制度ではありますが、
本女の「調理実習」の授業には男子が必ず複数履修しているっていう面白い話もあります。


2.「女子としての特権」の4年間
大分県には女子高も男子高もない。(なくなった)
もちろん私は地方の公立の共学に通っていて、女子大っていう場所が想像できなかった。
早稲田に落ちて、超落ち込んでいたときに塾の先生が
「女子大に通えるのは、女の特権だよ。4年間だけの経験だと思って、行ってみたらいい。」と言われたとき、すんなり受け入れることができた。未知なる世界への挑戦って、アリかも!と突然思ってしまったのですね。

で、実際入学式の前日が入寮日で、其の次の日の入学式で若い女子しかいなくて
内部進学の子とかキラキラしていて、もういろいろ終わった!!!と思ったけど
実際は最高に過ごしやすい4年間でした。
友だちできないかもと思ったけど、想像以上に友達に恵まれました。
すべての学科に友達がいた。友達の友達は友達だったし。
寮生活最高に楽しかった。課外活動が多かった私に、本女のみんなは優しくしてくれ
テストの時などめっちゃ助けてくれて(すまん!本当に感謝!!!)応援してくれて、
でも各自も頑張っていることがたくさんあって
なのに可愛い子ばっかりだった。最高でしたね。

山内さんの記事でもあるように、そこで認められる人は結局自立心がある人だったと思う。
そして、少なくとも私の周りはやることちゃんとやってた。私より学校のことちゃんとやってましたよ。(え
お互いが、お互いのいいところを認め合っていて
女子だけの環境の中でオープンにいろんなコトを語り合った。そんな4年間でした。

女子だけのコミュニティだからこそ学べることってあると思います。
今となっては男いると時々めんどくさいなと思う時がある。
あと、トイレが綺麗です。笑


3.家政学部家政経済学科という穴場
さて、最初の方に「教育と社会!」とか言ってたくせにあれ?と思われる方もいらっしゃるかもしれないので学部の話を。

ここの学部に決めたのは、塾のOGの先輩が3つ上にいるから(だから勧められたしそして先輩とは今でも良くしてもらっていて昨日も会った)なのですが、
山内さんに「なぜ児童学科または教育学科にしなかったの?」と、先日尋ねられたので、その話をしようと思います。


  • 児童学科:明らかに保育士・幼稚園小学校の先生になる人がいくところというイメージ
  • 教育学科:そもそも西生田キャンパスだから却下 (おい

という理由です。
そう。早稲田の授業に潜るためには、早稲田の近くにいないとだめなんです。(気持ち的に)
そうなると、西生田キャンパスはいろいろ不便。
教育学科のある「人間社会学部」は、「読売ランド前駅」が最寄りの、「東京じゃなくて神奈川県」にある西生田キャンパスなんです(ここで入学式卒業式はやる)。

家政学部って、学科は様々なんですが、軸に「生活」がある。「社会」じゃないんですね。
大きな世界を見る前に、まず周りの人が生きているその場所を見る、考える、という思考が身についた気がします。
家政経済学科は、変な名前ではありますが、
生活の中にある大小さまざまな問題を社会や経済の視点で考え、解決方法を探ります
引用元:日本女子大学HP http://www.jwu.ac.jp/unv/home_economics/economics/feature.html 

とあるように、もっと身近な生活者視点の問題に触れる、結構リアルを感じれる学問領域なんかなと思います。結構これが私にはヒットしました。社会科学全般好きにやらせてくれることも魅力です。
「なんとなく社会的なものに興味はあるけど、具体的には決めらんない」っていう女子は
ぜひかせけー(家政経済学科の略)の紹介ページを見て欲しいです。

社会の様々な問題は、まずは身近な人をどう見るか、身近なところから何に気づくか、
そっから始まる気がします。

あと大学3年で気づいたんですが、家政経済学科って、NPOとかの研究やってる先生多いんですよ。卒論の時結構貴重だなって思いました。
おかげで卒論もNPOの卒論でした。社会起業系関心ある人、本女くるといいよ。

「家政学部」があるいみ学際的な学問分野であるがゆえか
現在は「学際情報学府」という所属になりましたが、
実際のところ、日本女子大学で学んだこと、もっと言えば家政経済学科で学んだことが、今の研究に役立っていると感じています。

うまく言えないけど、とにかく本女は穴場大学。
また思いついたら本女自慢をしようと思います。

んーあとはこちらの記事がまとめになっていると思います。
自己紹介がわりの記事です。

日本全国大学生Blog 「自分がブランドになる!」山田小百合
http://ameblo.jp/daigakublog/entry-10703865649.html

追記
このブログが高校生向けってことで、先日、大学3年時に出演した番組が本になり、今日送っていただいたので宣伝です。名前も載せていただいていました。
よかったら読んでね:) ※たいして出てはないです





テストの花道---人は「考え方」を手に入れたとたん頭がよくなる!
NHK『テストの花道』制作チーム
河出書房新社
売り上げランキング: 104


2011/05/04

[Book]コミュニティ感の違いを考える--「コミュニティを問いなおす」を読んで。



メモ書き程度のレビューです!

本書は、都市、グローバル化、社会保障、地域再生、ケア、科学、公共政策などの多様な観点から、新たに「つながり」の形を掘り下げる大胆な試みである。


人口の多い街と私の地元のような地方とを比べると、どうしても「コミュニティ観」みたいなものが、ずれているような気がしていました。
高校生のときはなんとなくそれを想像していて、東京に来て「やっぱりそうだった!」と確信を持ちました。でもなかなか言語化できなかった。

ここで、「コミュニティ」を考えるとき、少なくとも以下の3つの点は区別して考える事が重要だと筆者は主張しています。

1「生産のコミュニティ」と「生活のコミュニティ」
2「農村型コミュニティ」と「都市型コミュニティ」
3「空間コミュニティ(地域コミュニティ)」と「時間コミュニティ(テーマコミュニティ)」

農村型コミュニティ…。思い当たる節ある…。

また、「都市」というものへの感覚が、他国と日本とを比較すると根本的な違いがあるという話も出てきます。
それには2つの側面があって
・ソフト面:人の行動様式や人と人との関係性
・ハード面:建物の配置や景観など都市の空間的な構造

ソフト面の相違とは、ごく日常的な場面での人と人とのかかわり合い方について言及している。
世界のかなりの街の部分と対比すると、非常に顕著に、現在の日本の都市、とりわけ東京などの大都市圏において、当たり前に起こっている事は以下。

(1)見知らぬ物どうしが、ちょっとしたことで声をかけあったり、挨拶をしたり会話を交わしたりすることがほとんど見られないこと
(2)見知らぬ者どうしが道を譲り合うといったことがまれであり、また、駅などでぶつかったりしても互いに何も言わないことが普通であること
(3)「ありがとう」という言葉を他人どうしで使うことが少なく、せいぜい「すみません」といった、謝罪とも感謝ともつかないような言葉がごく限られた範囲で使われること
(4)以上のような中で、都市におけるコミュニケーションとしてわずかにあるのが「お金」を介した(店員と客との)やりとりであるが、そこでは店員の側からの声かけが一方通行的に行われ、客の側からの働きかけや応答はごく限られたものであること

特に気になっていた事は(4)の部分。
これって言及している人今までいたのか知らないのですが、やっと言及している人いたよ…この無機質コミュニケーション、私にはきつかったからなんで誰も何も言わないんだ…と思っていたのです。
貨幣を介した一方的な関係しか存在せず、とても無機質のようだということ。
だから「接客業」好きじゃないんだよね。無機質コミュニケーションのどこが楽しいのかわからないんだよ…って共感していました。
お金を介すからこそのコミュニケーション…

本の中で引用されている人類学者の中根千枝さんの『タテ社会の人間関係』(1967)でもこれまでの議論と同じような事が言われている。

「『ウチ』『ヨソ』の意識が強く、この感覚が先鋭化してくると、まるで『ウチ』の者以外は人間ではなくなってしあうと思われるほどの極端な人間関係のコントラストが、同じ社会に見られるようになる。(中略)実際、日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人々に対して実に冷たい態度をとる。(中根 1967)」

先日のエントリーでも書いたように
「We are シンセキ!」状態だと、みんな極端に優しくなる。否、「シンセキ」ではないとなると、極端に振る舞いが冷たくなる、のだと思う。

1967年の時点での言及があって、これまでも大して変わってない。
とはいえ震災のとき、それが一瞬崩れたように思うけど、結局そのときだけな気がしました。

あとは気になるものめも。

★関係性の進化
戦後の日本社会は農村から都市へと大移動を行いつつ、都市の中に「カイシャ」と「(核)家族」というムラ社会を作り、それらが経済成長という「パイの拡大」に向かって互いに競争する中でそれなりの豊かさを実現してきた。つまり、いわば“農村的な関係性を都市に持ち込む”ことを行いながらある時期まで一定の好循環を生み出していたのが戦後の日本社会だったのである。

★地域コミュニティ作りの主体

「地域コミュニティづくりの主体」に関する問い
「自治会・町内会」と「住民一般」が群を抜いて多く、ほぼ並ぶ。
次いで「行政」「NPO」の順で、後は学校、民間企業などと続く。
ただし、これについても地域間でかなり変化する。

「地域コミュニティづくりの主体として今後特に重要なもの」
大都市はNPOが多く、人口30万人以上の都市は自治会・町内会及び住民一般とならんで最も重要性が高い主体

データが著書の中にあります。
NPOが都心でどうしてこんなに発展してきたのか、今までの本の流れとこのデータでわかった気がする。

福祉地理学とよぶべきパラダイムの確立
「福祉」というものは、どちらかというと普遍的かつ“場所を超越した”概念としてとらえられる傾向がつよかったが、今後は「福祉」にいわば地理的・空間的な視点を導入していくことが重要ではないだろうか。

これからは「福祉」「環境」が主要関心分野として浮上してくる。
そう考えても、福祉・医療関連施設、公園、農村などをふくむ自然関連の場所が「コミュニティ」の中心となってくる。

★創造性の重要性
都市経済学者のリチャード・フロリダの著書の引用『クリエイティブ資本論』
文化やファッション、情報や教育・研究等を含めて今後は何らかの意味での“創造性”を伴った分野が資本主義の駆動因となり、かつそうした分野が集積した地域が人々を吸引する場所となっていく(フロリダ 2008)
→「クリエイティブなコミュニティの中心としての大学」がここでは議論されています。
日本のシブヤ大学などの例がとりあげられています。

また、高島平団地での大東文化大学の団地再生プロジェクトも取り上げられています。
今はみらいネット高島平という名称に変わっているようです。
団地の部屋のいくつかを大学が借り上げ、学生や留学生が居住するとともに、ボランティア活動など様々なコミュニティづくりの活動を行う試みの紹介。これは面白い。

★筆者の主張
現在のような時期を地域コミュニティ再構築のひとつのチャンスととらえ、公有地を福祉政策・コミュニティ政策・都市政策の有効なツールとして積極的に活用して行く事が重要
都市政策や街づくりの中に「福祉」的な視点を、また逆に福祉政策の中に「都市」あるいは「空間」的な視点を、導入することが必要。
ここでの「福祉」は広い意味。社会的要素(貧困・格差)や障害者高齢者へのアプローチの要素だけでなく、様々な世代のコミュニケーション、世代間の継承性の要素を広く含む。
 ★「持続可能な福祉都市」のイメージ
・高齢者等もゆうっくり過ごせる街
・歩いて楽しめる街(〜道路や交通政策のあり方)
・世代間のつながりや交流・コミュニケーション
・世代間構成のバランスや継承性(一世代で終わらない持続可能性)
・空間格差や社会的排除のない都市〜荒廃した空間の不在
・「事前的(予防的)対応」(含人生前半の社会保障)や「ストックの分配」の重視
・ケアの充実
・自然とのつながり〜「環境と福祉」の統合
・リサイクル、食糧・エネルギーなど環境面での持続可能性や一定の自立性
・経済の地域内循環の活性化

★日本社会における「新しいコミュニティ」「都市型コミュニティ」を作っていくポイント
(1)ごく日常的なレベルでの、挨拶などを含む「見知らぬ者」どうしのコミュニケーションや行動様式
(2)各地域でのNPO、協同組合、社会的起業その他の「新しいコミュニティ」づくりに向けた多様な活動
(3)普遍的な価値原理の構築

これはいろいろな切り口で考えられそうなヒントがいっぱいだった。良書。
引用されていた中根さんの著書はベストセラーのようで、新書としてまだ発売されているものらしいから、読んでみようかなと思いました。






タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105)
中根 千枝
講談社
売り上げランキング: 9226


クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭
リチャード・フロリダ
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 93477

2011/05/03

[BOOK]シンプルライフで研究もうまくやる?-「シンプルに生きる」を読んで。

シンプルに生きる―変哲のないものに喜びをみつけ、味わう
ドミニック ローホー
幻冬舎
売り上げランキング: 173


余計なものはもたないようにした方がいいよ!という本です。
最近まで「断捨離」が流行っていたように、物の整理整頓だけじゃなくて
「様々な整理整頓欲」が生まれているように思います。

正直、物を持たないようにしましょう!シンプルな生活を心がけましょう!という内容の本は、どこか精神論のような話がどうしてもでてきてしまう。
「わかっているけど、できないんだってば…」と思う人は絶対たくさんいるだろうと思う。(少なくとも私はそう)

しかし、その「わかっているけど、できない」を打破する特効薬がありました。

それは、「身近な人が実際に実行し、変化している姿を知る」ということ(あくまで「特効薬」です笑)。

プライベートな話なので、具体的な事は割愛しますが、
いつもお世話になっている社会人の先輩が、このシンプルライフでかなり変化したのです。

部屋のものは少なくなっているし、食べるものも変わったし、
何よりすごくきれいになっていたんです。体重7キロの減量らしい。
想像つくけど、効果の出ている人を目の当たりにするとびっくりする。
「できなかった」人が「できるようになっていた」って、すごく良い実例じゃないですか。

先輩はこの本がきっかけでシンプルライフが始まったわけでなく…
たまたま手に取った本が、身近な人がいつも言っているようなことばかり書いてあった。とのことで、紹介していただきました。
元々外国のベストセラー書なのに、先輩は「え、自分の仕事の先輩が書いたの?」と思ったくらい、同じ事が書かれてあった、とのこと。

というのも、先輩が最近どっぷり使っている業界はデザイン業界。
とってもスタイリッシュな人たちが多い業界なのですね。
この本に書かれているようなことを、いつも自分に言ってくる仕事の先輩の存在によって
先輩は劇的な変化をしていくのです。
(全員が全員じゃないかも、とはいえ)デザイナーさんって、自分の身体、身の回りの環境をすごく意識していて、そのジブン作り・環境づくりから、さらに自分の思考力や創造力を豊かにしているのかもしれない!
と、話を聞いて思ったのです。

同時に
それって、もしかして研究にも言える事なんじゃないか?とも思ったのです。

あの文献どこにやったっけ?
遅くまで研究して疲れがたまって、すごくキツいときに身体のメンテナンスができてなかったら一層辛いかも…
あのときのメモはどうしたっけ?
もし今火事が起こっても、この書類や雑貨は必要…?などなどなど

煩わしい事をできるだけ避けたい…
思いっきり研究したい!
そのためのジブン作り・環境づくりをしたい!と思ったのですね。
余計な事を考えず、より豊かな発想力を発揮したいし、より深い思考力を身につけたい。
研究にすごく重要なことのように思います。

「全然わからないー!」という煮詰まった状態って、実は身の回りの整理ができていない証拠なのかも、と思ったのです。
それぞれのものは、それぞれの場所に ・整理整頓は時間を節約し、記憶力を助ける ・良い仕事は清潔で整頓された環境から始まる
「物がないない…と探している時間が無駄。」
その時間にどれだけの事が考えられるか、と思うと、私の今までの無駄な時間を想像して恐ろしくなりました。

なので、先輩とこの本をキッカケに、私もシンプルライフを始めよう、と思ったのです。
実際に私が実証してやろうではないか!と。



この本は、物の整理整頓だけでなく、
住まいの環境
ファッション
時間管理
お金の管理
美容・食事
さらには人付き合いや自己管理までもシンプルに!
という考え方や実践が書かれてあります。

例えばクローゼットが整理整頓されてない私なんかにぐさりとささったのは笑

質の悪いものを買うから、その質を維持する事を気に留めながら、その質の悪い服を着続けなきゃならない。
それなら、質のいいものを気持ちよく身に付けた方が良い。という趣旨の事が書かれてあったところ。

これはお金のある人の思考だなぁと思ってしまったのですが、
言われてみれば、物を捨てないタイプのひとほど、古いものもずーっと持っているんだけど、悪くなっても捨てられないんですよね。

ってことで、「服、捨てよう」という結論にいたりました。
じゃないと新しい服をしまうスペースなんて、そもそもない!アホすぎる私…

「あなたが今、食べようとしているものは、身体の一部になる、という事を意識して食事をしていますか?」ということにも気を配るようになりました。
いつ、何を食べるのか、という部分も少しずつですが、気をつけています。




ページ数も多くない本なので、30分斜め読みして
気になるところだけまた読み返すというもので全然いいと思います。

ドミニック・ローホーさんは、この他にも似たような本をいくつか出しています。
「シンプルに生きる」んですから、
さらにドミニックさんの本を追加購入するってなると、
それはそれで、何も始まらない、のかもしれないですね。

最後にところどころ出てくる名言を引用します。


節約するために想像することは、華やかさを焚き付ける燃料である
ラルフ・ワルド・エマーソン

おのれを美しくしなければ、美に近づく権利がないからである
岡倉天心

「我々は我々の夢を織りなす織物によって紡がれている」
ウィリアム・シェイクスピア


ぐさりぐさりぐさり>自分。
整理整頓のキッカケにどうぞ。

新・片づけ術「断捨離」
やました ひでこ
マガジンハウス
売り上げランキング: 638


シンプルに生きる―変哲のないものに喜びをみつけ、味わう
ドミニック ローホー
幻冬舎
売り上げランキング: 173

2011/04/13

[読書]自分の小さな「箱」から脱出する方法

組織マネジメントを掛け持ちしている中で、さらに悩みが増えていた大学院試受験時。そんなとき先輩が紹介してくれたのがこの本。
そして、最近悩んでいたことを住人に話すと「コレ読むといいよー」と紹介された本。
1年越しの再会。ということで、読んでみました。
物語形式で綴られているので、イメージしながら読み進めやすい。
学生団体とかで悩んだ事がある人にはお勧めです。今のうちに読むべし、な本です。

確かに自分は「箱」に入りがちにはなっていたのかもしれない。ささっと読み進めて、途中のエッセンスをもう一度読み直すのがおすすめ。


要は、嫌な事があったら、まず自分を疑ってみろ、ということ。
具体的行動が書いてあるというよりも、誰かに対してイライラしたり、気に入らない事があったとき、まずは自分がどうだったのかという「考え方」を見直す本です。書いてある事は、当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、なかなか難しくもあり、改めて気づかされるものだなぁと思います。


誰かに対してマイナスな感情を持っている状態の事を「箱」に入っている状態と表現しています。
しかし掘り下げて行くと、そのマイナスな感情の原因は「相手」ではなく「自分」だということがポイントかなと思います。その原理はどうぞ読んでみてください。


その「箱」をかぶった状態だと、相手に対して、「箱と」いうフィルターを通して解釈している。「箱」をかぶると、自分を正当化するような物事の見方になりがちになる。いくつもの「箱」をもつと、それ自体を自分の性格だと解釈するようになり、やがて相手にも「箱」をかぶせるようになってしまう。まるで共謀しているかのように、互いに相手を手ひどく扱い、互いに自分を正当化する…。


読んだ感想として、箱が多様であることは、自分という人間を多様に解釈されがちになって、自分が損をすることになるなぁ、とも思った。
この人は私の前では今はこういう一面がある、と認識できていなかったら、目の前の頭にくるようなこいつの性格そのものが○○や!と思われがちになる。これって、ものすごく怖い事だなぁと実感しました。
人は様々な人と毎日ふれあい、コミュニティに属していると、様々な顔があるように、箱も(中と外も)様々。

決して全ての人に同じ箱をかぶっている訳でなく、とある人の前ではAという箱をかぶっているし、またとある人の前ではBという箱をかぶっているし、さらにとある人の前では箱の外に自分がいたりする。
人はけっし「箱」を丸かぶりしているわけじゃなくて、とある人の前では自分を守るようにかぶっているけど、背中の方はかぶりきれてなかったりするのですね。
この考え方を誰もがするようになると、もしかしたら楽になるのかもしれない。


あと、ものすごく自分が何か刺されるような気持ちになるので(笑)早めに読んでおく事をお勧めします。
2回目読むときはエッセンスをもう一度見てみてください。


さて、印象に残ったところからちょっと違う話をしようと思います。


 目の前のにいる人々が常に持っている基本的な『他者性』、つまり相手は自分とは違う一個の独立した人間であるという事実と、目の前にいるのとは別の人たちとともに箱の外に出ているあいだに学んだこととが相まって、相手の人間性が、私たちの箱を突然突き通す瞬間があるんだ。  
 その瞬間に、自分が何をなすべきかがわかり、相手を人間として尊重しなくてはならないということがわかる。 
相手を、自分と同様きちんと尊重されるべきニーズや希望や心配ごとを持った一人の人間として見はじめたその瞬間に、箱の外に出るんだ


これは本の最後の方から引用した文です。
個人的な話で恐縮ですが、読んでいたときにこれって、中学〜高校時代の私の思考回路じゃねーか!と突っ込んでしまった自分がいました。
正確に一緒とは言えないのかもしれないけれど、例えば中学時代にクラスに友だちがいなくなったときや、誰かがしょーもないいじめを誰かにしていたのを見たときに
「学校の先生になる!」と言っている人が外見で人を判断していたり、障がいを持つ子をバカにしているのを見たとき
(決して私がコレに反していた良い子だったわけではないので、あしからず)
「この人はどんな人にも大事な家族がいて、愛する人がいて、って考えた事あんのやろか…」と思っていたのですよ。


そして、911の展示物をみた3年前とか、今回の震災の事もそう。
みんなには家族がいて、もしかしたらもしかしたら、どこかで血がつながっているかもしれなくて。そう考えると、これらのことを考えると、とても悲しくなるし、手をかしたいと思うでしょう。
そういう気持ちをふと振り返るような本でもあります。


話が変わりますが、先月「第3回ALL関東教育フェスタ」に参加しました。( http://www.edu-festa.jp/ )
そこで最初に講演してくださったのが「レモンさん」こと山本シュウさんでした。


→山本シュウさんHP http://www.yamamotoshoo.com/


シュウさんは若者よりもテンションが高かった…
その話はまたいつか、ということで、最後の方に話していた事がとても印象的だったのでその話をしたいなと。
彼は最初っから飛ばしていて「We are シンセキ~! 」と言ってました。笑 うるさい(笑)おっちゃんでした。面白かった。
要は、誰かにイライラしてもこの人は親戚や、血がつながっている人や、と思うことで、思いやりを持てるよって話です。
車が割り込んできても「もうーシンセキ〜何しとんねーん」って言っているそうです。笑


講演会が終わった後も一人一人学生に話しかけにきてくれてた。
ああいう姿勢をもった大人になりたいなーと思いました。なろう。




この人にも愛する人がいて、家族がいて、って考えると、ひどい事は言えなくなりますよね。 
人との付き合い方をもう一度振り返る機会になりました。




 
 

2011/03/27

大学4年間について。

大学4年間が終わってしまった。 
年末の一年総振り返り、みたいなのをしないかわりに 
大学生活の振り返りをしようと思っていたので、さらっとしてみようと思います。 

4年前、早稲田大学教育学部に落ちた私は、 
高校の指定校がない穴場大学として、塾の先生に勧められた 
日本女子大学に通うことになった。

 
単位交換があること、早稲田にそもそも近い事、というのが最初考えた事で(笑)
幸い、3つ上に同じ高校でかつ同じ塾の先輩が家政経済学科にいたことと 
私が「教育×社会」という分野を勉強したかったうちの 
「社会」を補ってくれそうだから、という理由で、ぽんじょのかせけーに進学を決めた。 
その先輩とは今もとても良くしてもらっているが、彼女がいなかったら進学を決めなかったと思う。

「先輩」という存在は心強い。

一人暮らしに憧れていた田舎者の私だったけど、

寮に入れと、寮生活を強いられる事になった。
が、今となってはこの寮のみんなとの出逢いは 
大学生活においてかなり大きかったことを感じてます。 

それからは多くのコミュニティでお世話になりました。 
ちょっとしか顔出さなかったものとか、がっつり顔出したけどそんなに深められなかったものとか、

がっつり顔出して深められたところとか、思ったよりも深められた所まで、
様々ありますが、 
どの顔の自分も、断片的とはいえ自分であり、すごく勉強になりました。 


いろいろなコミュニティにお世話になってきて 
いろんな大学の人、いろんな社会人の人、たくさんであってきたけれど 
どんだけ悲しいときも、苦しいときも、最初に横にいてくれたのは 
泉山3階メンバー、ならびに寮で一緒だった学科メンバーでした。

みんなが寮を離れても、こうして過ごせることが何より嬉しい。 

私の大学生活での目標は、「世界」を広げること。 
そして、最後に「大学院合格」「母校でカタリバ」を成し遂げることでした。 

世界を広げる、とは、決して具体的な事象に留まらない。 

MFCでいじられていたときも、 
東学祭途中でいなくなったときも、 
椿山荘フォレスタでのバイトでの日々も、 
キャンスコ(学生新聞)の記事をNYで執筆したときも、 

京都大阪、西日本を1人でうろうろしたときも、 
初めて新幹線に乗って大阪に行った日も、 
ムーンパレスNYで白ワイン1本あけて記憶とばしたときも笑、 
すずかんゼミの発表でプレッシャーで泣いたときも笑、 
2回参加した教育フェスタからできた友だちと語った事も、 
911の子どもたちへを作りながら考えたり語ったり動いたりしたときも、 
藤森さんちで合宿した日々も、 
いなほで出会った人たちとも 
A-Listでインターン(というほど自分は何もしてない)していた日々も、 
大学院をうけると決めた勉強する日々も、 

まれびとハウスでたくさん五感を刺激されるときも、
教育実習でみた景色も、
母校でカタリバから「Kakujoyful」という仲間ができたときも、 
FLEDGEで勉強し、ディレクターを務めた日々も、 
鉄こべのバイトで学んだことも、 
(成田空港で地震にあってトゥと難民になったときも)

カタリバでない場所で語った日々も、  
そしてミモザ生活をしている今も… 

すべてすごく大切な出来事であったんだけど

何か具体的なコミュニティ、期間にいたからこそ得る事ができたこと、出会えて今でも仲良くしてくれている人がいることはもちろん、 

もっと違う、小さな日常的なできごとや、出逢いや、対話や、気持ちが 
行き交っていたことも、すごく幸せだったと感じています。 

そして出逢いは連鎖するのだなぁと 
今となっては当たり前すぎて何も感じなくなってしまっていたけど 
改めて、これまでの環境から見たらすごいことだったんだよな。 

くだらない恋バナも、将来の事や進路の事も 
好きな映画や本の話も、泣いたり笑ったりしたその時々が、愛しいなあと思うわけです。 

逆に言うと、いろんな顔の自分に疲れてしまった自分もいる。 
その状態を抜け出したくても抜け出せなかった自分がいる。 
過去の自分を人前でたたかれてどうしようもないときや 
いやでも頭を下げなきゃいけなくて悔しい想いをしたことだってある。 
意味わかんねーことで責められたりしたことも、 
誰にも相談できずにただただ落ち込む日々だってあった。 
誰もがそうなのだろうと思うのだけど、

でもそんな私をいろんな角度から見てくれたかけがえのない友人がたくさんいて 
嬉しいなあと思うのです。 

たくさんの場所でたくさんの人に
一緒に遊んでもらい、動き回ってもらい、語ってもらい、
本当に私の支えになってくれました。本当にありがとうございました。 

わたしは、初めて「卒業」という儀式が 
これほどまでに切なくて、寂しいと思った事はないなぁと感じました。 

大学生活4年間はとっても楽しかった。 
胸いっぱいになるほど幸せだった。 
だから、卒業式したかったなぁ。 

生まれた後すぐバブル崩壊で、経済的豊かさなんてよく知らない世代。 
「ゆとり」と言われ、高校では未履修問題に直面し、しゅーかつでは就職氷河期を経験。 
東北大震災の影響を受け、卒業式は中止。

 被災されている方々にはお見舞い申し上げます。 
88世代は何かあるのかもしれないね。笑


これからは「目白」から「本郷」へ拠点を移します。 
これまで4年間で拡散して行った「山田小百合」を 
こんどはその拡散した状態からほぼ1つにする。 
多分それが「自分がブランドになる」ということなんだと思う。 

まだまだLive politely, lifeにはほど遠い自分がいるけど 

そんな大学院生活にしたいと思っています。

どうぞこれからも、よろしくお願いします。 
卒業生、ご卒業おめでとうございます。 
みんなの門出がすばらしいものとなりますよう。