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2015/11/10

障害者の「きょうだい」のホンネ|映画「ちづる」上映会にて

11月7日土曜日、Plus-handicapさん主宰のイベント、
ドキュメンタリー映画『ちづる』上映会&トークイベントー障害者と、その家族との向き合い方を考えるーPlus-handicap Theater #1」に、トークゲストとしてお呼びいただきました。

上映会スタート前の時点で既に満席、当日飛び込みの方もいらっしゃったようで、満員御礼なイベントとなりました。

映画「ちづる」は、赤﨑正和さんが、立教大学在学時代の卒業制作として作ったドキュメンタリー映画です。
知的障害と自閉症を併せ持つ、赤﨑さんの妹千鶴さんを取り巻く、赤崎家の日常を垣間見るものです。

実は、私は「ちづる」を鑑賞したのは、今回で2回目で、たまたま当時大学4年生だった私は、立教大学新座キャンパスでの上映会のことを知り、のこのこと足を運びました。
圧倒された気持ちと、言葉に出来ない感想が入り混じり、いわゆる「モヤモヤ」を抱えた状態で帰ったことをよく覚えています。
自分のきょうだいのことを考えているつもりだったけど、考えられていなかった面が、その時に目の前に現れたような気持ちだったのかもしれません。
他の家族のリアルな生活が、想像以上にインパクトがあり、でも憎めないちーちゃんと家族のストーリーが、なんだか微笑ましくも感じました。

後半のトークセッションの冒頭でもお話しましたが、初めて「ちづる」を鑑賞した時、主人公は赤﨑監督自身だなということを率直に感じました。カメラを通して、ちーちゃんへの関わり方が、より近くなっていくように見られて、等身大の自分と重ね合わせてしまいました。
赤﨑さん自身、自分の妹について、周りに話をあまりしないタイプだったからなのか、「どう向けるべきなのか」という葛藤が、前半に見られたように感じていました。その葛藤からのストーリーが、とってもぐっときたのでした。

今回改めて映画を鑑賞してみて、少し観る視点が変わっている自分に気が付きました。今の仕事柄、障害のあるお子さんの保護者の方とお話をする機会を多く頂いているためか、お母さんの視点で物語を追い、赤﨑久美さん(お母さん)の葛藤に、自分も想像力を働かせながら、自分を重ね合わせながら、考えながら鑑賞しました。

左から、プラス・ハンディキャップ代表 佐々木さん、「ちづる」監督 赤﨑さん、わたし

映画を鑑賞したあとから、プラス・ハンディキャップの代表である佐々木一成さんと赤﨑さんと一緒に、障害者が家族にいることをテーマにお話をしました。

まずは映画にまつわることから。
私が「ちづる」で一番好きなシーンは、お母さんと赤﨑さんが喧嘩をするシーン。親の葛藤ときょうだいの葛藤は、似ているようで異なる面が多く、そのお互いの葛藤が対等にぶつかり合うそのシーンは、きょうだいである私からすると、「親も子育てに迷いながら向き合っているのだな」と感じられるのです。
親ときょうだいが、障害のある家族について、それぞれの立場で真剣に向き合えることって、実は意外とないような気がします。
映画が、親子の関係をより深くしたんだなとも感じます。


その後、ご自身も障害者手帳を持つ佐々木さんならではの当事者的目線(あえて「的」と書いています)から、一見ストレートな質問をしてください、ました。
佐々木さんの当事者的に感じる独自の視点と、優しくフランクなお人柄から、私たちも気軽に楽しくお話させていただきました。(特に包み隠すこともないなと思ってお話しました)

きょうだいのことを外に話すということ、きょうだいと自分の「違い」の認知について、家族との生活の有様、さまざまな視点でお話させていただきました。
また、会場のみなさんからもご質問を多くいただきました。時間の関係上、全ての内容に対してお答えすることはできませんでしたが、近いうちに、いただいた質問にブログでお答えできたらなと思っています。

お話の中で強く感じたのは、障害者が家族にいる日常は、決して特異なものではなく、でも現代の人間の生活を語る上では、特異性のある日常なのだということ。
そして、私たち家族は、その特異な日常が、日常すぎて、その感覚をどこまで広く伝えることができ、理解してもらうことができるのか。
その理解が進んだら、もっと誰にとっても生きやすい優しい社会が待っているような気がしました。

今回のトークセッションで、改めてきょうだいの立場独特の共感ポイントを多く実感したと同時に、微妙なところで違いが出てきたりして、自分の立場を相対的に考える機会となりました。

ちなみに、映画を鑑賞していく中で、当日お話しなかったけど強く感じたことがもう1つあったので書き残しておこうと思ったのですが、これは私が自分の家族を撮影するよりも、赤﨑家だからこそ、この映画はダントツおもしろいだろうなと強く感じました。山田家は単純に兄と弟に障害がありますが、2人を1人で追うのはしんどいし、加えて父・母も撮影する負担を想像すると、少しゾッとするというのもありますが(笑)、赤﨑家だからこそ、この映画の価値があるんだなということを実感しました。
赤﨑さんのインタビューでもありましたが、映画を作る段階で、自分の家族に対する葛藤に向き合い、その姿勢が映像に表れ、この映画を心揺さぶる原石なのだと思いました。自分だったら果たしてそこまで家族に対して向き合うことができていただろうか、と帰路で感じたのでした。

ちなみにその後、主催者のみなさんと赤﨑さんとご飯をご一緒したのですが、話題が裏番組的に盛り上がりました。(笑)映画制作の裏話、思春期ならではの様々な悩みなどなど…それはそれは盛り上がりました。内容は秘密!


赤﨑さん、佐々木さん、機会をくれた友人吉本涼くん、どうもありがとうございました!
(吉本くんが終始ニヤニヤしていて、赤﨑さんとの引き合わせに、彼自身が嬉しそうにしてくれていたことが嬉しく、とっても感謝しています!)

<関連書籍>
お母さま久美さんの書籍。映画だけではわからない、幸せな家族のストーリーを知ることができて、おすすめ書籍です。

ちづる- 娘と私の「幸せ」な人生
赤崎 久美
新評論
売り上げランキング: 116,918


<関連記事>

自閉症の妹が、僕に教えてくれたこと。ファインダー越しに写し出される本当の家族の姿とは。

理解出来なくたって、関係することは出来る。障害児と健常児の人間関係づくりから見えてくること。

映画「ちづる」公式ページ

プラスハンディキャップ|赤﨑さんブログ「あにきにっき」

2015/09/03

小林賢太郎『ポツネン氏の奇妙で平凡な日々』を観て、『僕がコントや演劇のために考えていること』を読んで考えたこと。

突然ですが、私が尊敬している人のうちの1人に、小林賢太郎という人がいます。(唐突)

私のラーメンズ、小林賢太郎デビューはとても遅いです。大学生になった頃でした。
私のエンターテイメントへの関心は、完全にいとこの影響を真正面から受けていますが、一番生きている中で全身で楽しんでいるのが、ラーメンズの過去のコントや、小林賢太郎さんのパフォーマンスでした。

苦学生だった私が、彼らのコントを楽しむには映像で楽しむ他なかったのですが、大学院を終え、Collableを初めた2013年、棚ぼたかのように、友人がチケットを譲ってくれました。それが、私の初めての生ライヴでした。(声をかけてくれたお友達に感謝!)

2013年のLIVE POTSUNEN 2013 『P+』を観に行った私は、念願のポツネンに実は暗い会場の中で涙したものです。生は全然ちげーな!!!という衝撃を全身で受けました。あれ以来、もう絶対生で楽しもうと心に誓って、2015年。
といってもその後の公演が、今回の『ポツネン氏の奇妙で平凡な日々』だったので、実質生で観るのは2回目でした。

彼のモノクロの舞台に合わせて私も写真をモノクロにしたドヤ顔

上記が証拠写真です。
といっても、彼のファンとして名乗るには、申し訳ないくらい、長いわけではありませんが、彼のシンプルで優しい笑いの場のデザインに、いつも感銘を受けています。

彼の公演のあとのロビーが、私はすごく好きです。充実したカーテンコールの後、お客さんはわりとすぐに客席を離れていきますが、ロビーでみんな真剣にアンケートに答えている様子を見られます。私はあれにまたじんわりした気持ちになります。混雑を避けてアンケートを客席で書いた私は、物販で見かけた彼の書籍である『僕がコントや演劇のために考えていること』を買うかどうかを一瞬迷ったものの、即決購入しました。今日はその書籍のお話です。
(2013年の私は本当にお金に余裕がなかったので、物販はそもそも手を付けられないと思っていましたが、今は2013年より多少豊かになったこともあり、惜しみなく良い物に投資をしようという姿勢になりました。)


『僕がコントや演劇のために考えていること』は、彼の99の思考がただつらつらと書いてあるシンプルな本です。


早速読みのですが、どれもこれも共感する好きなページばかりだったのですが、今日は1ページ選んでご紹介したいと思います。

『エンターテイメントの役割は「手助け」 』というページがあります。

 エンターテイメントの役割は「人を幸せにする」のではなく、「幸せになろうとする人の手助けをする」ということだと僕は考えています。
 僕の作品を観てくれた方から「元気をもらいました」とか「救われました」なんて言ってもらえることもあります。でもそれは、本人に「元気になろう」とか「何とかなろう」という気持ちがあるから成り立つことなんです。

当たり前ですが、幸せにする、幸せであることを、誰かに押し付けると、それはエンターテイメントではないのだろうと思います。
そして、彼の笑いは、元気づけられると思える要素としての優しさがあります。誰かが傷つくような内容になっていない作品のこだわりがそうさせていると思っています。彼の、笑いの起こる場を優しく創る高度な哲学を尊敬しています。

社会的事業を手がけるNPO法人や団体だって、もちろん同じだろうと思うのです。この活動で、その人が幸せであってくれると盲目的に押し付けてしまうと、適切に届かない。選んでもらう必要がある。選んでもらうには、常日頃、これが適切なのか、より適切な手法はあるのか、を考え続ける必要があるでしょう。笑いにおいても、もっとこっちのほうが面白くなるとアップデートしていくのと同じように。

また、Collableに限って言えば、提供する事業や活動は、楽しい時間でありたいと思っています。なぜなら、楽しい時間は、楽しい思い出として強く記憶されうるものだからです。多様な人と関わる経験が「楽しい」と思える人を増やさないと、きっと「多様性を歓迎する社会」なんていうのは、一部の人の妄想で終わってしまうように思うからです。
一部の人の妄想で終わらないように、私も日々活動を振り返り、学び、精進していきたいと思っています。


エンターテイメントと社会的事業を比べて、違うと思えたことももちろんあります。
私たちは、自分の活動を知ってもらうこと、一歩踏み出せない人に知ってもらう努力を、格別する必要があるなと思っています。なぜなら、その情報すらアクセス出来ない、しにくい人へ、価値を届けようとする場合が多いからです。
その努力があってこそ、でも少しでもしあわせになろうとする人に届けようとすることなのかもしれません。

少々乱暴かもしれないお話ですが、要は「小林賢太郎」という人が生み出す思考、作品が好きだということです。はー、ポツネン楽しかったな。

ちなみに、『「自分ひとりだけが知っている特別なもの」と数万人に思わせる』という章があるのですが、おかげさまで、あいも変わらず事務所では、私がポツネンが面白かったという話をし続けています。
(みんなが共感してくれているかは、別だけどね。小林さんのカーテンコールでの話が頭を離れません。) 


僕がコントや演劇のために考えていること
小林 賢太郎
幻冬舎
売り上げランキング: 9,150


特定非営利活動法人Collable
・Web
・Facebookページ(Facebookでは活動報告をあげています)
 →リンク先から「応援する」をクリック&ツイートorシェアをお願いします♪

2015/08/26

見えない人と落語をどう楽しめるのか|立川志の春さんの落語を聞きに行きました。

先日、立川志の春さんの落語を聞きに行きました。



ミライバでMozilla Japanの赤塚さんが来てくださった際、ご飯をご一緒させてもらって、何を間違えたのか、落語が面白いよ、という話になり、「行くとき声かけます!」と約束していたので、どこかで声かけたいと思い、やっと約束が果たせました。

もともと落語が好きになった、最初の最初のきっかけは、中原先生がブログで書かれていた記事でした。

わしゃわしゃ「子ども」が群れる正月!? : 堤未果(著)「沈みゆく大国アメリカ」と立川志の春著「あなたのプレゼンにまくらはあるか」書評
http://www.nakahara-lab.net/blog/2015/01/post_2328.html

この記事を読んで、その時気づいたら「あなたのプレゼンに「まくら」はあるか? 落語に学ぶ仕事のヒント」をポチっていて、後日読んでいたある日、たまたまCollableの事務局久保田舞(そして落語好き)に、「お昼に淡路町でワンコイン寄席やってるらしいので行きませんか!」と、たまたま声をかけてもらったのが、最初の落語体験で、それから、地味に月1回の頻度で落語を聞きに行くようになりました。

そして今月は念願の志の春さんの落語を聞きに行くことができました。「日比谷Tuesday Night Live火曜落語劇場」という、日比谷図書文化館の地下で、月1行われているものです。
今回の演目は「風呂敷」「だいじなもの」「唐茄子屋政談」。が初めてでも楽しめるものでした。
(帰りに、落語研究会とかやりたいね、なんて話で盛り上がりました。誰かぜひ企画しましょう!)



落語の魅力は様々あります。
師匠に重ねていくためにあえて自分を空っぽにしていく落語家の育て方とその哲学。
落語の由来とされる説話には、いろんな困った人が登場してきますが、そうしたモノの教え(説教)を笑いを使って伝えていくことで、困った人が、ちょっと愛らしくなる落語の優しさなどに、魅力を感じています。
こうした落語の文化醸成のあり方に影響されたのか、現在Collableの組織文化に影響するようになりました。(笑)

語れば長くなりそうなのでやめておきますが、落語の今後の可能性として注目していることとして、見えない人と共有ができる娯楽の1つであること。
落語は見えない人でも楽しめると聞きます。かすかな動き、かすかな声の強弱濃淡などの表現などが実に繊細で、言葉と雰囲気だけで、その様子が、見えなくても脳みその中で描けるそうで、実際に全盲の落語家さんも存在するほどです。
どこまで、同じ楽しみを、笑いを、共有できているのか、その世界を楽しむ瞬間を、あれからずっと考えています。

先日実施した、「まれ美ラボ in Todai|目が見えなくてもアートはみえる?視覚障害者と一緒にアート鑑賞!」もそうですが、耳から入る情報、体感する雰囲気を頼りに、どんな絵を見える人も見えない人も描くのか、それを共有する可能性を、さまざまな角度で共有する楽しみの可能性を、ますます感じているところです。
http://collable.org/marebi-lab

そんなわけで、見えない人が落語をどう楽しむのかが、最近気になるトピックで、視覚障害者と落語を楽しむ会とか本当はやりたいんですが、誰か興味ある人がいたらいいなぁ、なんぞ思っています。
(その後、落語家さんをCollableでもお呼びして、ワークショップできたらいいなぁという妄想までしていますが、まだまだ先のことになりそうですね。)

視覚障害があり、落語が大好きな知人の方が、早速一緒に落語に行きたいと言ってくれたので、「視覚障害者と落語」活動を、じわりじわりと企画したいなと思っています。
いろんな形の「多様性」の楽しみのあり方を、これからも追求したいと思っています。


・特定非営利活動法人Collable
http://collable.org/
https://www.facebook.com/collable

・gooddo:「応援する」をクリックして、応援おねがいします♪
http://gooddo.jp/gd/group/collable


(それから、今回は志の春さんに声かけられなかったけど、ますますファンになりましたし、次回は書籍読みました!とミーハーに声かけたいという欲がでてきました。
また行こうと思っています。)

(ブログが最近書けないのは、新しい場所にお引越しがしたいからなのだと思う。という言い訳…ちゃんとした自分のブログ用ウェブがほしいと思っています。誰か作ってくれぬだろうか…)

2015/07/09

多世代が気軽に集まれる場所を実現するには?|文京区駒込「こまじいのうち」に行って来た!

先日、いつもお世話になっている近所のママと、「こまじいのうち行ってみたいよね」という話になり、予定を合わせて行ってきました。

「こまじいのうち」報告書をいただきました。


Facebookページ|こまじいのうち
https://www.facebook.com/komajii

社会福祉法人文京区社会福祉協議会|地域の居場所『こまじいのうち』
http://www.bunsyakyo.or.jp/volunteer/volunteer_event/v_event_20130807103300/


場所は駒込エリアの、富士神社の近所。

いつも出てくるあのイラストが、「こまじい」本人なのかとおもいきや「こまじい」は「こまごめのおじいちゃんちの略」とおっしゃっていたのが、オーナーの秋元さん。
確かに、秋元さんとイラストを見比べても、どうやら違うらしい。(笑)

当日のこまじいのうちは、モノで溢れかえっていて、玄関先まで雪崩れ込んでいました。
どうやら、翌日にバザーを予定していたとのこと。
1階には近所のおばあちゃまたちがくつろぎつつ、バザーの準備をしていました。
(家中がモノだらけになるほど、人がバザーで売るものを提供しているんだなぁとも思うとすごい)

お家はオーナーの秋元さんが相続されたお家で、昭和の戸建てらしい急勾配の階段や土壁が残っていて、小さなお庭やテラスもあり、昔懐かしい昭和の風景にトリップしたような場所でした。2階にお招きいただき、2階で秋元さんと近藤さんに、少しだけお話を聞きました。

「こまじいのうち」は、最初は高齢者向けに開かれた場所になったらいいなと思いから2013年10月にオープンした地域のゆるーい居場所。気づいたら地域の高齢者だけでなく、こどもたちも来てくれるようになっているようで、秋元さんは最近は近所のこどもたちに「こまじい」と呼ばれているそうです。(笑)1年足らずで3000人以上が訪れているこまじいのうち。小さい子供から、そのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、大学生などなど、本当に「多世代」が集まっているようです。

秋元さん曰く、高齢者向けの居場所は意外となく、集る場所となると、特に何かプログラムが前提となる物が多くて、自分たちも行くのが億劫になるという人は多いはずとのこと。確かに、「何もしなくてよくて気軽に立ち寄れる場所」というのは、あまりないかもしれません。一方、ただ空間があるだけでは人は集まりませんが、人に集まってもらいたいのであれば、とにかくガチガチに組まれたプログラムを組めば良いというものでもないよな、と改めて気付かされました。それは「誰に集まってもらいたいのか」を考える先に見えてくるのかもしれません。

「地域密着型」実現の壁


地域コミュニティのあり方が薄れてきている中、「地域密着」をうたう活動が増えてきていますが、同時に、世代間交流が生まれない現状があります。例えばこども向けの施設ができても、近隣住民から騒音苦情が来るなども、その場所にいる人たちが相容れない何かがあるなと感じますし、顔が見える関係を作りたくて若い夫婦が自治会に入ったら、排他的な扱いをされるという話も聞きました。世代間に見えない壁はじわじわと高くなっており、「地域密着」にしたいけれど、できない世代間の壁は、ちらほらと見受けられるように思います。

一方こまじいのうちが、こうして安定して運営され、幅広い層から注目をされているのは、主催が「町会連合会」であることは、とても大きなポイントだと感じます。
こまじいのうちの主催は「駒込地区町会連合会」で、駒込地区の町会が連携して主催していることになっています。秋元さんを中心に自治会に親しい高齢者に理解を得ることができていることはとても大きいと感じました。

また、現在は近藤さんがボランティアとして運営に関わり、かわいいお子さんを連れてこまじいのうちに出入りをしています。秋元さんと近藤さんのコラボレーションがあって、子育て世代も気軽に出入りしやすくなっている印象を受けます。(私も、近藤さんが声かけてくれたので、気になって行けなかったところ、足を運ぶ気持ちになりました!)そして大学生の関与があるのも素晴らしいですね。

最後に秋元さんは、駒込地区の雰囲気がこまじいのうちが親しまれる理由の1つ、というようなことをおっしゃっていて、確かに、駒込地区の下町らしい雰囲気が、こまじいのうちを守ってくれている印象があります。こまじいのうちのような、昭和の懐かしさの漂う緩やかな場所が、どの地域にも合うわけではきっとなく、その地域性を考慮して作らなければ、「地域密着型」をうたっても、単なる自己満足になりかねないなと考えさせられました。

多世代が集まる家の実現は難しい

「子どもから高齢者まで、困っている人みんなが集まれる居場所を作ろう!」なんていう考え方では、すぐに限界が来てしまう。
そういう高い志はもちろん否定しないが、それを「ひとつの場」で実現するのは、難易度が高い。
来たい人だけ来ればいいんだ、とざっくりと思い切れればいいのだが、「どんな人でも」と丁寧にやればやるほど、大変になる。
また、そこを利用出来る人数、つまり規模的な限界も当然ある。
▶子どもから高齢者まで? 「地域の居場所づくり」の盲点http://osada.works/ibasyo/

こまじいのうちを見て、この記事を思い出しました。こまじいのうちは、「みんな」という対象を意識しつつ、ゆるやかに場をとりまとめる秋元さんや近藤さんのスタンスがすごくいいなぁと思っています。いや、内部の細かな運営で大変なこともあるかもしれませんが、いろんなところから視察に来るのもうなずけます。
もう少し、秋元さんや定期的に顔を出されてる人のお話を聞きたいなぁと思いました。

第2回ミライバの「いいおかさんちであ・そ・ぼ」とも比較しながら、考えてみたいです。

【開催報告】公開研究会「ミライバ」第2回:地域の子どもたちが集まるコミュニティ
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/2013/09/24/15.html


【追記1】

持ち家が社協さんやいろんな人たちが集まる場になっていることは理想的だと思いつつ、秋元さんが亡くなって以降も、この場所があるとは限らない。そうだ、ここは秋元さんの家だった。
秋元さんが、「自分が亡くなったら、どうなるかなぁ」とおっしゃっていたのも印象的でした。

【追記2】

今回、こまじいのうちの噂はずっと気になっていて、すごくすごく行きたかったけれど、なかなか足を運ぶことができずにいました。私自身も、近藤さんが関わっていることを知れて、「行く」と行動を追い付かせることができたように思います。
そうか、活動も緩い、居場所的な場は、イベントの「場」よりも属人性が強くなるのかもしれませんし、この属人性と場の作り方の関係性、濃淡などについて、もう少し考えたくなりました。


▼参考記事
個人の家を地域の人が集まる場にする。「こまじいのうち」のやり方
http://news.kaigonohonne.com/article/63


2015/02/28

配送した荷物が途中で行方不明になった事件。

いい経験になったのと、実はこういうことは起こりうることがわかり、学びをシェアしたいと思いブログを書いています。(似たような経験した人おらんかと思ってめっちゃ記事を探したので)

先日仕事の関係で、大事な荷物を配送するべくとある運送業者さんに荷物を預けたのだが、予定していた荷物が期日通りに届かないと仕事に支障が出るものだったので、追跡サービスで荷物の状況を追ってみたところ、荷物ルートの途中「調査中」と出ていた。
表記についてどこかに書いてあるわけでもなく「調査中」が何を指しているのかもわからず、しかも長らく表記が変更されない。心配になりお送り先に電話してみると、やはり「届いてない」との事だった。

あまりに心配になり、そのまま業者のサポートセンターに電話をすると、全くつながらず、焦る私。
追跡サービスを見ると、お送りしたい先の近くのセンターの名前は出たので、ここに直接電話したほうが早そうだと思い、電話をしてみた。

女性の方が出て下さり、事情を話した。
「お調べしますね」とおっしゃって頂いて待つこと数分。
「二個口ですよね?」と尋ねられた。
そう、二個口で荷物を出した。
「そうです」と答えると、
「1つは来ているのですが、もう1つが届いてないんですよね」と返答がある

なぜ!?どうして!!( ꒪⌓꒪) ←本当にこんな顔していた気がする

「え、それはなんでなんですか?」と尋ねる私。
業者「それは全くわからないんですねー。」(間のセンターにも問い合わせしてくれたようだけど、それでもわからなかったらしい)
私「ではいつ届くんですかね…?」
業者「それもわからないんですよねー。」

私が荷物を出したほうのセンターのほうにも問い合わせをしてくれたそうだが、「見つかっていない、わからない」ということしかわからなかったそうだ。つまり何も明らかにならなかった…。
ひとまず、翌日の朝8時ごろに最初の荷物が届くそうで、その時間に必ず電話をするようお伝えした。

翌日8時過ぎに電話があり、「ありました!」とのことだった。どうやら2個口のうち1つの荷物が開いてしまい、中身が紛失していないかを確認するために調査していたため、1つお送りできなかったらしい。
でもどうしてそれが翌日の朝、荷物が届いた時にしかわからなかったのかは、さっぱりわからないが、とにかく朝一で届けてくれ、とお話して、無事に事なきを得た。

いやーヒヤヒヤしたよー。見つかってよかった…。

個人的には頭にこなかったわけではないけれど、それを相手にぶつけても仕方ないので、相手には冷静に対応した。(上記のやりとりもかなり簡略化して書いていて、間にはいろいろ突っ込みたいところがたくさんあったのだけど別に書くことでもないので書かない)
それに、いろんな人に相談をしたところ、運送業の労働環境の弊害なのでは、という話も聞いて、なんだか意外と奥深い問題な気がしてきた…。

ちなみにあまりに困っていたら、同じような経験をした方が、その時の対応について教えて下さり、今回は無事だったものの、次回からは荷物を送ったから安心、なんて思わないようにしようと思いました。
みなさんもぜひお気をつけください。

▼荷物を配送するときに気をつけること(忘備録)
・荷物が行方不明になっても、先方から連絡はくれないので、こまめに追跡サービスをチェックするべし。
・本当に紛失した場合、業者によっては補償があるようなので、いつどんな連絡を誰ととったのかしっかり記録するべし。
・対応をしてくれた人の名前をしっかり記録しておくべし。


2015/02/08

2015年もよろしくお願いいたします。

新年初投稿です。
今年の目標の1つに「毎日書く習慣を身につける」という項目を1つ追加したものの
毎日書くどころか今まで何も書いていなかったのを猛省しています。
年明けに振り返る余裕がなかったので、改めてこの1年をさっと振り返ってみたくて新年初投稿をしています。



2014年は、毎日自分がこんなに必死になるとは思っていなかった1年間でした。
2013年は気持ち的にしんどいなと思っていた1年だったけど、
2014年は目の前の日々に追われるしんどさと、明らかに自分の限界を感じ、悔しい思いをし続けた1年でした。そう、私の2014年は「超プレイングマネージャー」。

2015年はこの「超プレイングマネージャー」を脱するべく、日々模索中であります。

もちろん、日々何も対策をしていないわけではなく、「このままではまずい…」と思いながら、改善のためのインプットのスピードをあげつつ、
「Collableが届けたいものを届けるためには、Collableにとってよい環境を創ることが必要だし、Collableにとってよい環境を創るためには、自分のコンディションを整えること」
という意識を実現させるために、試行錯誤した1年でした。みなさんの知恵を借りたい。

ちなみに、試行錯誤をしていく中で、日々の生活習慣も大幅に変え、毎日ヨガをしたりとか、食べるご飯が(中身も量も)変わったりとか、しているせいか、12月に実施したファスティングの影響もあり、体重も落ちています。超快適です。

そして、多くの貴重な機会をいただきながら、自分たちのアイデンティティと相対化させ、Collableというチームが、何を成し遂げたいのか、何を求められているのか、それに答えるために組織をどうデザインするのか…そんなことを日々考えながら、目の前のことに必死になっていたら、気づけば2015年になっていました。

年末にNHKで放映されていた「100分 de 日本史」を、仕事しながら見ていたら(聞いていたら)、鈴木大拙『日本的霊性』の特集が組まれていて、何故か気になり何気なく見ていたのですが、その後かいきギリギリに駆けこむように「リー・ミンウェイとその関係展」を見に行くと、リー・ミンウェイが非常に禅の影響を受けていたことを知り、これはなにかあるかもと思い、年明けは初詣と所要がてら円覚寺に行ってきたり、禅の考え方を改めてスキマ時間で学んでいる今日このごろです。年明けに手に入ったKindleがとても役に立ってます。
(ちなみに最近読んだ本でも、本田宗一郎さんや藤沢武夫さんが禅の影響を受けていることを知ったしこの件についてはまた後日ブログを書きたい)

2014年も、大変有り難い機会をいただき、初めてのことにたくさんチャレンジをした1年でした。
同時に、毎日目の前のことに追われがちになり、周りに迷惑しかかけていないと毎日感じていたし、そんな日々に自分を見失いかけることも何度もありました。
こんな私を温かく見守って下さり、本当にありがとうございます。

今年度の「ピッケのつくるえほん」ワークショップシリーズも終わり、
今月末は保育園にて新しいワークショップの実践です。ムサビのみんなに力を借りて準備中であります。
またご報告するのでお楽しみに!



























(追記:それにしても、ずっと書いてないだけあって、ブログに何を書けばいいのか全然わからなかった。今年は自分のブログ専用のウェブサイトを立ち上げて、過去のブログ記事も全てそちらに移行したいと考えています。)

2014/08/21

グラフィックレコードを学習してきた!

ちょっと報告が遅くなっちゃいましたが、8月2日、出身研究室の先輩でもある、安斎勇樹さんが企画されたワークショップに参加してきました。

グラフィックレコード入門 ワークショップの記録の手法を学ぶ
http://graphicrecord.peatix.com/

後半のグループでヘルメと一緒になった
今回はTokyo Graphic Recorder編集長の清水淳子さんから、グラフィックレコードの基本的な方法論を体験的に学ぶことがメインのワークショップでした。

私はよく中途半端に絵でメモを取ることがあって、でも規則性がないためにぐちゃぐちゃになっている面がありました。ミーティングのときとかも、議論を絵に書いてまとめるとか勝手によくやってる(多分Collableのメンバーは見かけていると思う)。
そんな中で、安斎さんとお仕事をご一緒した際に清水さんに私もお会いしていて、グラフィックレコードをされているのを見ていて、あのスキルすごく欲しい!と思っていた矢先の企画だったので、申し込みました。
(そういえば、安斎さんのワークショップって自分で申し込んで行ったことないな…と思ったのも理由の1つ)

思った以上に多くの知り合いが参加していて、かつ、お会いしたいなーと思っていた人たちにもお会いできたり、久しぶりにお目にかかる人もいて、その時点で個人的には参加しやすかったし収穫多かったです。(笑)

自分のオリジナルアイコンを模索した
今回グラフィックレコードのスキルを体得するべく参加することはもちろんですが、このワークショップのサブタイトルである「ワークショップの記録の手法を学ぶ」という言葉の通り、前半の安斎さんからの話題提供を聞きながら、ワークショップの記録活用に関する安斎さんの問題意識を感じて興味深かったです。

その場の温度感は、数多くの写真を並べて見ると伝わるのだけど、1枚の写真をただ見るだけだと、その時何を話していて、どんなことが生まれたから、この表情・雰囲気なのか、という背景情報は切り取られてしまう。あの時盛り上がったけど、あとからその場にいなかった人に、その時の様子を伝えなければならないとき、自分たちの温度感がまったく伝わらない…ということはよくある話で、なんだかもったいないですよね。
グラフィックレコードは、そうした切り取られた背景情報を、ひと目で伝えてくれる記録方法だなと思います。

しかもそれをワークショップやイベントの真っ最中に記録され、リアルタイムに見ることができるからこそ、活動中に参加者もリフレクションを重ねて活動により集中することができる。単に議事録の文字がワークショップの会場に並んでいるよりも、グラフィックレコードが並んでいるほうが、ぱっと頭に入るし。そんなことをふつふつと考えていました。

とはいえ、実際のところ、「コツ」はわかったけれど、スキル体得までにはまだまだ慣れが必要。今回のワークショップに出たからといって、すぐ清水さんのように書けるようになるわけじゃない。これはもう、打ち合わせの時のメモ取りとかで練習を重ねるしかないな…

というわけで、メモ書き程度の内容ですが…久しぶりに頭を使って酸欠になりそうでした!(笑)
安斎さん、清水さん、当日グラフィックレコードをしてくださっていた相川さん、その他スタッフの皆さん、お会いした皆さん、ありがとうございました!





2014/07/27

【開催報告】「秘密基地のつくりかたワークショップ」を実施しました。

7月27日、NPOカタリバとのコラボで実現した「秘密基地の作り方ワークショップ」を実施しました。


今回は、2015年4月文京区湯島にオープンする「文京区青少年プラザ(名称:b-lab)」の開設までに必要なことを、市民参加型でこれから作っていこう、という試みで、このシリーズの第2回目に、ワークショップをやらせていただきました。

b-labは、4月より、古くからご縁のあるNPOカタリバが運営を行います。そしてその建物の場所は、私たちのオフィスからも近所で、私たちとしても、力になれることがあれば嬉しいなと思い、今回の機会となりました。高校生も含めた約40名の参加者とともに、b-labの空間デザインに挑戦しました。

今回は、b-labのコンセプトである「秘密基地」という言葉の魅力に迫りながら、秘密基地の魅力を学習環境との関係性を炙り出してもらい、空間のコンセプトと空間デザインについてアイデアをまとめることを目的に進めました。

また、運営側にとっても居心地の良い「秘密基地」になるよう、今回はb-lab施設長となる今村亮さんをはじめ、カタリバメンバーにも、グループに入ってもらいました。





後半では参加者総立ちで議論が盛り上がり、おかげでグループそれぞれの個性がみられるアイデアが生まれました!

この「秘密基地のつくりかたシリーズ」ですが、2015年4月の開設までの残り半年を使って、必要なことを市民参加型で考えていく「100人会議」を結成し、シリーズ化するようです。これからどんなメンバーが100人に選ばれるのかはわかりませんが、これがまさにオープンなコラボレーションですね。また私も登場するかもしれませんので、お楽しみに!



今回のワークショップは初めて実施したもので、まだまだ反省点もありますが、想像以上に充実した時間を過ごすことが出来ました。b-labは中高生の放課後の居場所ですが、今回実施してみて、多くの大人の中にも秘密基地への憧れが感じられ、その憧れが、各グループのエネルギーになっていたように感じます。大人になればなるほど、秘密基地をつくることが難しくなります。一方で、秘密基地のような居心地の良いわくわくする場所も増えているように感じます。きっと、秘密基地への潜在的な憧れを大事にする多くの大人たちが「秘密基地らしいもの」をいろんなところに作っているのかもしれません。そして私自身にとっても、秘密基地のような、わくわくさせられる居心地の良い場所とは何か、そこではどんなことが生み出されるのか、地域の秘密基地とは、大人の秘密基地とは何か…などなど、考えさせられる機会となりました。もっと秘密基地が増えたらいいな。

また、この秘密基地ワークショップ、個人的にもっとブラッシュアップしてみたいので、b-labに関係なく、機会をみてまた実施できればと思っています。「秘密基地のデザイン」で、誰か一緒に遊びましょう!

最後に、機会をいただきましたNPOカタリバのみなさん、お手伝いをしてくれた一藤英恵さん、中塚啓史くん、素敵なお写真を撮っていただきました高橋凛さん、ありがとうございました!

2014/07/24

コラブルに正式な事務所ができました。

Collableの事務所を正式に移転しました。
というか、正式に構えました、が正しいかもしれません。

▶ Collableの所在地・連絡先を変更しました。
http://collable.org/activity/977

実は、物件そのものを借り始めたのは3月末からで、すでに足を運んでくださったかたもたくさんいますが、登記などの手続きがあり、やっとその手続が終わったのがつい先日のことだったので、このタイミングで正式なご報告とさせていただきました。
大家さんもとっても素敵な方だし、借りたお部屋もとっても居心地がいい素敵な場所です。

事務所そのものを借りたのは3月のことで、3月はワークショップ2つと引っ越しやその他の手続きで毎日動きまわっていてヘトヘトでした。地理ちゃん(地理人研究所)に協力してもらって、IKEAにもはじめてのおつかいをしてきました。笑
そして3月末のお引っ越し時には、たくさんの友人が手伝いに来てくれて、本当に嬉しかったです。素敵な出会いも作ることができ、楽しいお引越しとなりました。来てくれたみんな、ありがとう!

また、事務所開設にあたり、多くの方から備品寄付等々、頂戴しました。
かかった経費といえば、棚とテーブル・いす、カーテンやトイレ・キッチン用品、友人から激安価格で譲ってもらったプリンタや電子レンジ、あと電気をちょっと取り替えた程度で、あとはかなり多くのものを頂戴しました。
この場でお名前を出すのは控えますが、色んな物をお譲りいただきましたみなさま、お贈りいただきましたみなさま、本当にありがとうございました。全て活用させていただいています。



余談ですが、2年目にしてオフィスを構えるという選択は、早すぎるよなぁ…と悩んだりもしました。
借りるとしても、コワーキングスペースでもよかったかもしれませんし(むしろコワーキングスペース、素敵なところがたくさん増えてて入りたいとまじめに思ったくらい!)、むしろ今まで通りでもよかった面もあったかもしれません。

でも、やっぱり、独自のオフィスをこのタイミングで構えることが、今は一番の正解だったと思っています。
でもそれは私の独断ではなく、その決断を後押ししてくださった関係者のみなさんがいてくださった上での決断です。感謝してもしきれません。ありがとうございます。

事務所を構えるという決断をする際、今までしたことない決断をするという経験は、どんどん見えない世界を見せてくれてわくわくします。

ライフネット生命の出口会長も、考える能力というのは「睡眠」に似ていて、時間以上に、深いか浅いかが重要だって、何かの記事で書かれていたけど…
長い睡眠時間をとれば質の高い睡眠を取れるとは限らないのと一緒で、時間をかければ良い決断ができるとは限らない。
先々良い決断をするためには、やっぱりすばやく深く考えるしかないですね。

事務所は秘密基地みたいで居心地いいです。今日もがんばります。


秘密基地と言えば…
NPOカタリバさんと一緒に「秘密基地の作り方」ワークショップをやります。
秘密基地を一緒に作りたい方、特に中学生や高校生に、このご案内を届けてくださーい!

【参加者募集!】7/26(土)秘密基地のつくりかたワークショップ第二弾「空間デザイン作戦会議」
http://www.katariba.net/news/2014/07/18335/


2014/06/18

講演を聞く人も、話す人も、講演を依頼する人も有意義な時間になるように。

手元の画面で私がどうしゃべっているのかが見られるカメラが!

立教大学火曜日2限、『ボランティア・「耕す知」と「共生」の探求』という授業で話題提供してきました。

初めて200人以上の学生さんの前でお話させていただく機会をいただきました。立教大学平野先生をはじめ、ボランティアセンターの中村さん、伊藤さん、宮嵜さん、他スタッフのみなさん、どうもありがとうございました。

この初めての機会が私にとって、いい意味で「失敗体験」でした。
この講義は、「全学共通カリキュラム」(≒一般教養)という枠組みの中で実施されている授業で、オムニバス型で毎週違うゲストが講演をしにいらっしゃいます。
私は特別に6月3日と10日の2週連続でお邪魔し、1週目は講演、2週目はワークショップを行うというご依頼をいただきおじゃましました。(これからもう1名の方による、2週連続企画があるみたいです)

大学の授業で呼んでいただけるようになって、話すことにちょっと慣れてきたと思ったら、そりゃもう撃沈でした。
こうした形態の授業は、想像以上に学生の授業そのものに対するモチベーションが決して高くない場合が多い。3,4年生で教養の授業なんて取る人はほとんどいませんし(今回も受講者層はほとんど1年生でした。当日知ったけど)。
それはどこの大学でも、モチベーションが高いことのほうが珍しいのではないかと思います。

教室に入った瞬間、内職のため、時間つぶしのための授業だと思っている雰囲気が漂っている。
何を投げかけても総スカンな感じがする。

教室は超暑いので、必死さも出る私。

(;; ꒪⌓꒪)←内心こんな感じ

甘かった。この雰囲気に、まんまと飲み込まれたと自覚しています。
面白かったと言ってもらえたものの、私個人としては大反省でした。この場を借りてお詫び申し上げます。

わざわざなんでこういうことを書いているかというと、授業という枠組みで講演をするのと、例えばTEDのように聴衆が主体的に申し込み参加するものとで、届け方を変えなければならないということを再認識したからです。
講演なんて基本的にコミュニケーションが一方向的なので、これって講義と何ら変わらないですよね。
それを大学の授業の中でやるわけですから、毎日喋る人が変わるだけであって、基本的に講演スタイルのものも一授業なんですよね。本当にごめんね。

あの経験以降、改めて聞いてくださる側の属性については徹底して聞くことにしました。届ける人に確実に届けたいという気持ちが強くなったからです。私も時間を無駄にしたくない。(とはいえ、教えてくれないもんなんですよね。依頼する側の方は、ぜひ以下の中原先生ブログをご参考に!)
 依頼する側になると忘れがちなのですが、たいていの場合、登壇する側は、オーディエンスの属性や会の趣旨を知りません。
 彼らは、何人いるのか?
 何歳くらいなのか?
 役職は?
 男女比は?
 既有知識はどのくらいあるのか?
 何に興味・関心をもっているか?
 なぜここに来ているのか?
 何をしたいと思っている人が多いのか?
(講演依頼は難しい!? http://www.nakahara-lab.net/blog/2009/06/post_1513.html

プレゼンテーションのスタイルは、自分で作っていくしかないですが、スタイルは事前準備から形作らねばならないなと、とっても当たり前ですが、学習しました。
これからちゃんとプレゼンテーションのスタイルができあがってくるのだろうか。

講演を依頼する人、
講演を聞く人、
そして話す人(自分)、

それぞれにとって有意義な時間になるために、がんばらねば。

こうした貴重な学習機会をいただきました立教大学ボランティアセンターのみなさま、ありがとうございました。



ちなみに、立教大学での講演については、学生さんから感想文をいただいていたのですが、内容が学部ごとに傾向があり、すごく興味深かったです。


例えば法学部の学生さんの感想になると一気に漢字が多くなったり、言葉の定義について自ら考えていたり…
社会学部の学生さんになると、NPOのマネタイズの質問が突然増えたり…
頻出キーワードが学部によって異なっていたり。
学部ごとに関心があるのかな?って思うくらい違って面白かったです。

*余談*


講演失敗したなと自覚して、講演スタイルを大きく変えるかどうかを検討すべく、いろんなプレゼンテーション動画を見ていたのですが、引き込まれる「プレゼンテーション」って、多くは無いかもしれないなと思いましたが、
エクセルアートのまーちゃん(若宮正子さん)の話が圧倒的に面白かったです。ぜひぜひ。

2014/04/29

子育て中のママ必見!ママのためのサロン"ACQUA mamma”について聞いてみた!

本日。パッサパサな髪に、色と艶を取り戻すべく、3ヶ月ぶりのACQUAへ。


学生時代に、大学の後輩ちゃんがカットモデルを探してるのでぜひ!と紹介していただいてからお世話になっている後藤ユースケさんに、かれこれお世話になっておりまして。
後藤さんがACQUA青山店→表参道店になっても、かれこれ通い続けているわけです。ホントにお世話になってます!
前に行ったときに、「ママ向けに、子どもを店内で預かっている間にママを綺麗にするっていうのを始めるよ」なんて言ってたんですよ。


話を聞いてると、子育て世代のちょっとしたニーズに答えようとしている、ACQUAのみなさんがすごくいいなぁと思ったので、根掘り葉掘り聞いてきました。


ACQUA mamma の始まりは、お客さんの声だったそうです。

「産むと、行けない」

子どもが産まれると、自分の意思で行き先を決めていた生活が一変します。その1つがヘアサロン。
サロンって大抵行きつけがあるので、子どもが生まれても生まれてなくても、変えることってあまりないと思うのですが、まだまだ小さい子どもをお店に連れて行くのは、お店にも遠慮してしまうし、そもそも子どもを離しておける環境にない。でも、キレイになりたい。
んー、確かに難しそうだ。。
私も子どもができても後藤さんにお世話になりたいし、でも保育園に子どもを入れてなかったら、サロンなんて行くことなくなるんだろうなというのは、容易に想像がつく。

そういう状況でお客さんはどうするかというと、解決策の1つとして、行ったことのない近所のサロンに入るんだそうです。でも、行きつけのお店に行くほうがいいし、初めてのお店で相性が合わないこともある。それだとせっかくの休息の時なのに意味が無い。
子どもをどこかに預けるにも、短時間預かってもらえるところもなかなかない。

そんな話をお客さんからきいたことで、すぐにその状況を解決しようと動いたのが、ACQUA mamma だそうです。


ACQUA mamma では、ママがカットをしている間、保育士さんが子どもたちを見守ってくれています。ちなみに保育士さんもACQUAのお客さんなのだとか。保育士免許のあるお客さんが「私も協力するよ」と名乗りでてくれたそうです。なんかすごくステキだ。
なので、ママは安心してカットができるのだそうです。


後藤さんから聞いた話でいいなぁと思ったのが、お客さんがポロッと話してくれた「ママが困っていること」をちゃんとスタイリスト同士で共有したこと。ミーティングのときに話があって、すぐにお店側もすぐに挑戦したそうです。
それから、スタイリストさんは限定されているのは、「やりたい」と思って手を上げたメンバー。後藤さんも1児のパパなので、その気持ちが誰よりもすごくわかるから、ACQUA mammaメンバーに名乗りでたそうです。「お店に言われたのでやります」じゃないのが、ママの不安も解消するだろうなと思った。


次回は6月16日月曜日。
10時〜15時の間で、0歳〜6歳のお子さんのいるお母さんが対象です。
上記のチラシをいただいたので、ご興味のある人はご連絡下さい♪

逆に、たくさんの方が行くことで、要望があつまって、より届けるべき人に届けられるはず!なので、ACQUAが行きつけでない子育て世代の方も、この機会にぜひ行かれてみてください。


ということで、私も艶を取り戻したはず!後藤さんありがとーございました♪

追伸:後藤さんが、サイトに対してアドバイスほしいと言っていたので、みなさまぜひよろしくお願いいたします!(笑)
http://site120197-9412-292.strikingly.com/

2014/04/22

【御礼】Facebookページが500いいね!に到達しました!

いつもお世話になっております。Collable代表の山田小百合です。
コラブルも、よちよち歩きで、手探りがむしゃらな1年が終わり、2年目に突入しました。そしてFacebookページが500いいね!を達成しました!小さい歩みですが、みなさまに感謝を述べたくて書き込みをさせていただいております。

▼Collable Facebookページ
https://www.facebook.com/collable

photo by 小林茂太
さて。この写真は3月30日に実施したワークショップのあとの様子です。ワークショップ終了後、任意参加のお茶会をしたのですが、ほとんどの方が残ってお話していってくれました。
今日は、その日来てくれた男の子のお話をしようと思います。

私が修士課程に在席をしていたとき、同じ場所で出会ったその子は、ワークショップの会場にすら入ることができませんでした。
言語的なコミュニケーションがとれないその子は、涙目になりながらも、一方で本当に帰ろうとはしなくて、でも、新しい場所に怖くて入れないので帰りたい気持ちのジレンマを、言葉にならない声と態度で示していました。もう、それはとても悔しかった。もっとやり方があったんじゃないかと、胸が締め付けられる日でした。


その日から1年半後、「動くと音が見えてくる」を、柏木さんとやらせていただきました。
あの場にいたその子は、1年半とは打って変わって、即興を誰かと合わせたりもできるようになれば、人に積極的に関わろうとしている様子がみられました。

子どもこんなに成長がはやいんか!2年前は泣いてたやん!と驚かされました。(笑)


コラブルでのワークショップ、特に子ども向けの活動では、「気になる子」が来ることを大歓迎にしています。例えば発達障害だったり、知的障害だったりします。
一方で、誰かに注力するのではなく、全員の参加の自由を出来るだけ認められる、開放された環境づくりに挑戦しています。

とはいえ、「こういう活動があるべき」「こういう参加にすべき」という答えが、あるわけではありません。毎回毎回、どういう形がみんなにとって良いのかを悩みながら作っていますし、終わった後、少なくとも山田はひとりで悶々とする日々を過ごしながら、次の活動に進んでいます。

もちろん、ある程度活動が定期的に行えるようになれば、見えてくるものがあるのかもしれませんし、整ってくるものもあるのかもしれません。ただ、子どもたちの成長は早く、その子たちにとってベストな状況で環境を作りたいと思っています。

それは、親御さんたちのご理解があってこそ、実現できるのだなぁと、ひしひしと実感しています。


いつもいつも、真新しい気持ちで、子どもたちと出会いたいなと思った日となり、感慨深い1日となった、2014年3月30日でした。ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。




コラブルは2期目に突入しました。まだまだ小さく未熟な団体です。
今期も、こうした小さな1歩を歩もうとしてくれる子どもたちのために、親御さんたちのために、できることに挑戦したいと思っています。
ワークショップのあとは、個人的にゆっくりお話を聞く時間が取れないことが多いです。

ワークショップにご参加いただいている親御さん、それだけでなく、今までの活動に遊びにきてくださったみなさまからも、ぜひ、ご意見やご要望もお聞かせいただけたら、とても嬉しく思います。

2年目は、もっと挑戦すべきことを増やしながら、一方で定期的にこうした場をつくっていけたらと思っています。
2年目もどうぞよろしくお願いいたします!

山田小百合

2014/03/10

TEDICの活動報告会に行ってきた。

3月7日、友人門馬優が代表である、石巻の学習支援NPOのTEDICの活動報告会が東京で開催されたので、行ってきました。会場は新宿の損保ジャパン本社ビル。

ゆうがTEDICの話をする時に出てくる「いつもの話」がある。
何度聞いても、考えさせられる。各メディアでも見かけるが、ゆうが2011年の震災後、現地でボランティアをしていた時期に、避難所で出会った中学生の男の子のふとした一言の話だ。

「震災があって、救われたと思っている」

震災前からいじめにあい不登校になった男の子。それだけでなく、父、母…と、子どもの貧困そのものを描いたような家庭環境の子でした。(詳細はあまり書かないほうがいいだろうから省略します)
人に言えず、隠してくることが出来た、自分の家庭の問題が、避難所というオープンな場所では隠し切れない。ボランティアの方々は、避難所で日常的に声をかけてくれる。加えて、自分だけでなく、父、母の様子を聞いてきてくれる。地域から孤立されていたはずの自分が、外の人と繋がった場所が、避難所だった、という話だ。
これを聞くたびに、いつも、なんだかゾッとする。

こうしてゆうが立ち上げた団体がTEDICであり、1年目、まずは喫緊の課題である学習支援をスタートさせた。しかし学習支援を通して、子どもたちがいろんな悩みを打ち明けていく。親でもなく、先生でもないチューターである学生と、本音がぶつかり合う場所になっていく。
こちらの記事(http://children.publishers.fm/article/3162/)にもありますが、「悩み」というと軽くなっちゃうけど、想像以上に根深いものばかり。
こうして学習支援という切り口から、TEDICは「居場所」になっていったらしい。

そして現在、石巻は162人の不登校の中学生がいるらしい。1中学校に対し8人が不登校という計算ができる。そんな石巻の現状を見つめ、4年目は「不登校」の問題にアプローチしていくのだとか。これも、不登校が悪という考え方ではなく、不登校であることによって社会から切り離されやすいという状況を見つめているらしい。どういう形態で動いていくのかをしっかり考えていたし、関係機関との連携も進んでいるTEDICなら、きっと石巻で活躍してくれるだろうなと思います。


何よりいいなと思ったのは、活動を通じて、客観的事実に基づいて、今何がこの地域の課題なのかを考えて、次のアクションを考えていること。簡単なようで、結構難しいと思う。うちはまだまだだな…と内省した機会となりました。

とにかく3年目のTEDICは、ますます進化していて、拠点をどんどん増やし、活動日数も増え、チューターとのコミュニケーションの工夫もみられて、チューターのモチベーションも高いことがうかがえました。
また、TEDICの教室にくる子たちが抱える課題は、TEDICだけで受け止めることはできない。あくまで、サインをキャッチすることがTEDICの役目であり、その後その子達にとって良い環境を整えるための関係各所との関係性も十分作っていました。

TEDICは、被災地である石巻に学習支援をしているNPO団体であることに間違いはないけれど、問題意識はもっと根深いところにあり、活動していることがよくわかった報告会でした。
そのときに呟いたやつ↓




最後に、「居場所は、人だと思う」とゆうが言っていた。
言葉を先行して考えるのではなく、周りから「あれは居場所だね」と言われる場所が、居場所なのだと思うけど、あえて定義づけるのであれば、人。
この人のところに行く、という場所が居場所。
その話を聞きながら、コラブルも、未来の「居場所」でありたいという目標を改めて確認しました。

2014/02/05

2014年になってしまった。

いつも自分にゆとりのない状況を反省しながら、気づけば2014年になっていて、早くも2月になっていました。
今年も宜しくお願いいたします。

2013年の振り返りも2014年の計画も、ちゃんと立てきれぬままに動き始めてしまった。
これが今年の末にはなくなったらいいな、と思っています。

大学院に入って、むやみやたら発信することに特に気をつけるようになったし、目の前のことでいっぱいいっぱいだったので、ブログを書くという習慣がなくなった。SNSの影響もあるだろう。
とはいえ、毎日論文読んだり本を読んだり、それを資料にまとめたり、発表したり…という経験が続いた。そのため、考えていることをまとめたり知識をストックすることが習慣化されていたので、2年間で身につけたかった力が多少は身についた。(多少…は…!)

一方、今はどうかといえば、もっと慣れないことにぶちあたり、その上責任も増した。

あたりまえだけど学生の延長でNPOの経営はできない。
何か失敗することもそうだし、コラブルが社会に不信感を持たれてしまうようなことがあれば、私に責任があるわけで、先生や上司が「責任とるから」なんて言ってくれない。
当然、
「学生がNPOでちょっとボランティアしてて、ことが上手く言ったのでプロジェクトマネージャークラスは経験したから、NPOわかってます」ってことはない。
なので、私の意識も大きく変化した2013年だったと思う。

そんなわけで、私自身、今何を成し遂げたいのか、そのために何を考え行動すべきか、という、部分を改めて考えるようにもなった。
あたりまえだけど、私が潰れたらコラブルが崩壊に近づくからだ。誰が指揮を取るんだ、という話だ。
おかげで今私は病気や入院なんて、許されない(大げさだけど、大事なこと)。

「今の立場が、いちばん学べるんだから」と言ってくれた師の、
今ではやっとその意味がわかります。日々アップデートされている私と向き合っている。

そんな環境で、2013年で変わったこととはいくつか。

1)もう学生じゃなくて経営者という「意識」
超当たり前ですね、卒業したんだから。
とはいえ、NPO活動と、NPO経営の切り離しができてなかったように思います。
実は、この2つがごっちゃになっていると、NPOの成長はないのではないか、という事に気づきました。
代表理事という立場は、NPOでプロジェクトマネージャー経験したのでできます、って立場じゃない。
経営者という立場について、経験したことがないからわからなかったし、他の経営者の方と比べたら、まだまだ未熟な点ばかりですが、だからこそ、学びをとめちゃいけないし、広げていきたいなと思いました。

2)本>論文
これはあたりまえだけど、論文を読むことが日常的だった状況から、本を読むようになりました。論文もいろいろDLできる環境じゃなくなったし。学生って贅沢な期間だったんだな、としみじみ感じています。(笑)
一方で、読む内容も、当たり前だけど変化してきました。
インクルーシブデザインのベースにもあるDesignThinking、それに付随した経営に関する本が増えました。あとは、NPOについての本も。
1)で書いたように、学びを広げていきたいという意識と、大学院では専門性によった本を読むことにしていたので、そこから開放したことが影響している。

3)誰と一緒にトライするのかは大事
「山田(わたし)を応援したい」という人じゃなくて、「コラブルという場所で、これを成し遂げたい」という気持ちのある人とのほうが、法人の成長速度が速くなるということに気づきました。一緒に未来を考えてくれる人は、圧倒的に後者なので。
これが大事な気付きだったように思います。
おかげで、良いメンバーを増やすことができて、やっとコラブルがどんな団体かを言語化し始めています。


さて。

代表なのに、目標設定とかが苦手な私なのですが、2014年の目標をたててみました。
コラブルの目標と、私個人の目標は、やっぱりまだまだ切り離せない部分が多いので、前に大学院の後輩くんが教えてくれた、「100の約束」というやり方で設定してみました。

じゃ、お見せします!と思ったんですが、100こ並べて何になるんだ…と思ったのと、何より、100こ揃えてないので、やめておきます。100こ並べきったら載せたいな。

てんやわんやしながら、まだまだ未熟さを感じつつ、2014年もがんばります。

山田小百合

東大の近くにある、本郷はなれにて、いつも私に優しさ分けてくれるまりこさんにもらって
本当に嬉しかった。よい2014年。

追記:ちなみに、100の約束の1つに「ブログを1週間に3回更新する」というのを入れたので、少しずつリハビリしようと思います。

2013/12/30

【ごあいさつ】2013年も大変お世話になりました。

【2013年もありがとうございました!年末の雑記。】

こんなこと書いとる場合やないんですけどね。。すみません。
でもちょっと息抜きを。
これを書いているのは、かのお台場は大江戸温泉物語です。
こっから成田行きのバスに乗って、早朝の飛行機で実家に帰るべくおりまして、
せっかくだから1人で休む時間をとろうかなと思いたって、ここにいるんですが、
うるせえー全然落ち着かねー!(笑)
周りからはリア充な声が聞こえて来る中、一人PCを開いているお一人様女子です。

昨日は事務局で年内の最終ミーティングを行い、忘年会をしてきたのでした。

こらぶるず、いつもありがとう!


さて。


「Collableは何人くらいでやってるんですか?」とよく尋ねられる。
「組織の所属」をどう定義していいものか全然わからない。
Collableに力を貸してよ!とは言うけど、それが果たしてCollableのなかの人なのかは別の話だ。
企業と違って、お給料を支払うわけじゃないし。

なので、Collableのメンバーになってよ、とはなかなか言えず、申し訳ないという気持ちが先走る。
特に社会人のメンバーが多い私達は、お仕事の合間でCollableのことに時間を割いてくれてるから、なおさら。
週末の貴重な時間、時には平日の夜中に連絡を取り合ったりする。
Collableは、まだそこにお金の対価を支払えない。
とはいえ、いつも事務局ミーティングに来てくれているメンバーはメンバーだとカウントしていて、理事の人数と、ミーティングに来てくれる事務局メンバーの人数を答える、というのがいつもの解。


そんな中、あるメンバーが、シブヤ大学のワークショップのときに尋ねられていた。

「なんでCollableに関わってるんですか?」

そういう質問を私以外のメンバーが受けたことがそういえばなかったなと思って、
彼がどんなことを考えて言えるのか、期待と不安を胸に、こっそり耳を傾けていた。
彼はこう答えていた。

「Collableが目指す社会が、好きだからですね」

耳に入ったその言葉に、胸がぎゅっとなった。
その言葉がその日のワークショップの活力になったのは間違いない。
そして、今代表として仕事をすることに、初めて誇りを感じた瞬間だったと思う。

彼は、別にインクルージョンとか、そういうものに関心がある人じゃなかった(たぶん)。
そういう人が関わってくれるのは、ほんとうに嬉しいし、Collableの持つ力を感じた。
そうそう、Collableの目指す社会に惚れて、動いてくれる人を一人でも増やしていくんだ。
そして、初めて、少し自信がついた。
そして、初めて、仲間と仕事をしているという実感がわいた。仲間とCollableをやってきて、良かったと思った。

最近Collableの色みたいなものが生まれているように思う。
そして、「なんでCollableに関わろうと思うのか」という意思がある人が隣にいてくれるようになったことに気づいた。
それは同時に、Collableってどんなやつらなのかを度々会って、確かめて、一緒に磨ける人たちであることもわかった。
どんどん、Collableが育まれていってる。

NPO法と税法のダブルスタンダードのなかで会計を整理せないかんことも、
生きていくための仕事を創ることがこんなに大変なのかということも、
応援してくれる人がいても、一緒に力を合わせらる人を見つけることが、実はとても難しいということも、
未知なることに直面し続けているけれど、大学院での経験とはまた違った、学び多き2013年でした。

久しくお会いしていない方、
まだ今年初めてお会いしている方、
いつもお会いするみなさま。
私との時間を育んでくださり、Collableを応援して下さり、本当にありがとうございます。

至らない点も多々あり、経営者としてはまだまだ未熟者であることは重々承知しておりますが、
2014年はもっと速度をあげて、Collableとともに成長していきます。
今後ともぜひ力を貸していただけますと嬉しいです。


去年から今年にかけて、新しい命の息吹がたくさん聞こえてきました。
いろんなお子さんに会うたびに、涙がでるほどに、愛おしく感じます。

この子たちが、10年後、10歳くらいになっているとき、幸せいっぱいの毎日になっているように、
そんな社会にするために、
Collableは、10年後、新しい価値を提案する、日本を代表するNPOになります。

ありがとうございました。2014年もどうぞよろしくお願いします。

28日事務局最終ミーティングで2週間遅れのお誕生日をお祝いしていただきました★
特定非営利活動法人Collable
代表理事 山田小百合

2013/12/05

【開催報告】ワークショップ:お話をつくるお茶の会 デイサービスでのワークショップのヒミツ


10月19日土曜日、「ワークショップ:お話をつくるお茶の会」が終了しました。

 今回は、東京大学大学院情報学環(http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/)と医療法人医凰会(http://www.ioukai.or.jp/)との共同研究の一環で、子どもと若者、高齢者の3者をつなぐワークショップをテーマに、NPO法人演劇百貨店の柏木陽さんと実施しました。

 さいたま市大宮区にあるデイサービスセンター「しあわせ三橋」を会場に、土曜日の利用者さんと、公募で集まった子どもたちと一緒に、「お話をつくる」という試みです。デイサービス利用者のみなさまに加え、5名の小学生の子どもたちが今回参加してくれました。(告知にはさいたま市立三橋小学校にご協力いただきました。ありがとうございました。)
 このデイサービスでは午後にレクリエーション活動を行っています。当日は利用者のみなさんの体操の時間があり、その時間から私達も参加しました。子どもたちも負けじと元気よく体操に参加。無邪気な子どもたちの様子に、デイサービス利用者のみなさんからも笑顔がこぼれます。身体と心をみなさんでほぐした後、柏木さんの進行で開始しました。


 柏木さんは、これまで「演劇」をベースとするワークショップの実践を多くされてきました。「演劇」には、ストーリーと演じる演者が必要です。そこで今回はその「演劇」の要素であるストーリーを作成し、できるところはそのストーリーを発表する際に演じてもらう、という流れで行いました。参加者の小学生のみなさんと、大学生、しあわせ三橋の利用者のみなさんが混ざったグループをつくり、活動を開始しました。各グループには種類の違うりんごの絵が配られ、その絵から連想される小さなストーリーを、グループごとに創作しました。


 グループ内では、子どもたちの常識と、高齢者の常識との違いがみられました。よく考えてみると当たり前かもしれませんが、子どもたちはアップルパイやりんごあめなど、多くの「りんごのお菓子」を知っています。しかしりんごを他のお菓子にして召し上がる経験のない高齢者は、子どもたちの発言に驚きを見せるシーンが見られました。しかし、それぞれの発想の違いを、大学生の若者が上手に調整をしてくださり、3者間で「りんご」を起点に3つのストーリーを生み出すことができました。

 各グループでのお話づくりは、価値観や常識の違いがぶつかる一面も見られましたが、徐々に参加者の関係性もほぐれ、楽しいお話を共有するところまでできました。中には作ったお話をグループのみなさんで演じてくれたところもあり、会場は大盛り上がりとなりました。また今回は、この楽しいお話の続きを、おやつを食べながら過ごしたところで、ワークショップも終了となりました。


 デイサービスには外からのお客さんが出入りすることがあまりないためか、デイサービスの日常とは違う雰囲気が見られた3時間でした。今回のワークショップは、常識や価値観、そもそも生きてきた時代の異なる人達同士のコラボレーションが見られ、興味深い実践となりました。子どもと高齢者間での活動としては、これまで高齢者のために子どもたちが歌や踊りを披露しに行くなどの活動が多いという実態があります。また、大学生くらいの若者と高齢者間における活動としては、ボランティア活動で大学生が施設を訪問するという活動が多くあります。これらに共通することは、高齢者のために何かを提供するという一方通行な構図の活動は多くある一方で、世代を越えた者同士が、ある目的を一緒に達成しようとする活動が数少ないことではないでしょうか。定年以降もアクティブな高齢者が増えている現代において、デイサービス利用者を含め、様々な高齢者が、こうした活動を経て、日常への活力に繋がる契機となれば、嬉しく思います。
 楽しい時間を過ごさせていただいた柏木さん、参加者のみなさま、どうもありがとうございました。

※このプログラムは情報学環・福武ホールアフィリエイトプログラムとして実施されている実践研究です。

■研究担当者:
東京大学大学院情報学環・特任助教 森玲奈

■ワークショップ企画運営者:
NPO法人演劇百貨店・代表 柏木陽
NPO法人 Callable・代表 山田小百合

■写真撮影:
金田幸三

■動画撮影
吉本涼

2013/08/26

リフレクションの設計について考えたこと:島根の中学生へのカタリバに参加してきました。

Collableとは別件で、現在大分大学カタリバ授業の担当としてもお仕事をしています(Collable7割、カタリバ1割、他大学授業アシスタント2割のイメージです)。
ほんで、大分大学での授業に繋げるべく、島根県雲南市で開催された中学生対象のカタリバ企画に参加してきました。
海潮中学校のサイトにも報告が上がっていますね。
http://www.e-susano.net/blog/ushio-chu/index.php?mode=4
3日間の企画で、1日目は研修みっちり、2日目、3日目は企画が連続して、3つのワークショップを2日間で乗り切るという前代未聞スケジュールでした。

3日間、できるだけ、全体をモニタリングさせてもらえる立場で参加させてもらって、2年間のブランクから見えてきたことが多少言語化できたなぁと思ったので、大分でのコーディネートのために、内省してみました。
特に、リフレクションの設計と、短期的な実践共同体の作り方みたいなことをずっと考えた3日間でした。そしてこうして書いていると、自分の耳が痛い。



まずはリフレクションの設計について。
ここでのリフレクションは、ワークショップ後の振り返りについて言っています。

ワークショップなどの、複数人で作りながら学ぶ学習は、評価の対象が2つあると考えています。1点目は学習者について。2点目はファシリテーターについて。

学習者はここで言えば中学生。中学生に対して、企画責任者が考えている学習目標について、どんな変化が見られたら、達成できたことになるのかを考えるリフレクションは必須でしょう。
ファシリテーターは、ここでいうキャスト(ボランティア)のこと。ファシリテーターの振る舞いを評価するためのリフレクションです。その学習目標(ねらい)を達成させるためにできたこと、できなかったことも評価の対象と言えると考えます。この2点を振り返りながら、次回の企画にどう活かすかを考えるのが、多くのワークショップで見られるリフレクションかと思います。

ファシリテーターが多い企画はファシリテーターの振る舞いについても、企画後のリフレクションで扱うし、多くない場合はファシリテーター自身が、参加者の様子を見ながら内省しているのではないかと思います。


学習者とファシリテーターのリフレクションは、どちらかのことを話し合っても、もう一方の議論に重なる部分があるでしょう。ただ、これら総じて言えることは、そのリフレクションでは何について振り返りたいのかを明確にしないと、リフレクションでの良い問いが出ないということです。
メインファシリテーターの抽象的な問いかけに、フロアファシリテーターは思うがままの発言をするけど、これは何のための、何に繋げる、何を振り返る発言を求められているのかがわからないまま、進んでいってしまう。結果、何を振り返りたいのかが明確にならないまま、場をつなぐように話だけが進んで、その時間はあまり意味を成さないということは、よくあるのかなと思います。

ワークショップでは、学習者は企画側が想定していた以上の学びを得る可能性があって(飛び越える、って誰かFLEDGEで聞いたような)、その場で起こったこと全てを網羅しようと思ったらキリがない。なのその限られた時間で、誰の何について振り返りたいのかを、問を立てることをリフレクションの前に考えておくこと、が大切だろうなと感じました。
逆に考えておけない場合、そのワークショップで目指したいことがあまり腑に落ちてなかったり、企画側が曖昧に考えてしまっている状態なのかなと、思いました。



次に、実践共同体について。
ワークショップなどをしかける人の集まり(今回で言えばこうした何かの実践を行うコミュニティ:実践共同体)が継続させるためには、周辺的な参加(カタリバで言えば、1キャストとしての参加)から、参加の度合いを十全的な参加に向けさせていく(もう少し責任のある役割を持ってもらっての参加)工夫が必要でしょう。それを3日間(ないしはその前から)から考えなければいけないのだから、かなりハードな企画だったのではないかと思いました。

3日間では難しいかもしれませんが、カタリバの文化や企画づくりのスタイルで言えば、キャストがどれだけ他の人と関わる姿が見られたかはもちろん、関わるための役割を与えることも大切だったかもしれません。3日間で終わるような企画であればあまり考える必要も無いのかもしれませんが、継続的に誰かに引き継いでもらいたいと思うのであれば、それなりの工夫が必要だなぁと思うわけです(これについても耳が痛いです)。

実践共同体に投げかける「みんな」という言葉に、本当に「みんな」が入ってますか?
「みんな」に入ってもらうのではなくて、「みんな」を押し付けていませんか?
そんなことを、よく考えます。



と、つらつらと書き留めていますが、これらのことは全部私自身耳が痛いです。(笑)
ただ、3年前じゃ考えられなかったことを考えられたこともあり、今アウトプットできそうなことをまとめてみました。
なんだかまだ整理しきれてないなーと思う点もあり、至らない点がありすぎだぞ、とお叱りの言葉をいただきそうではありますが…苦笑 何より、対話系のワークショップって、どういう点をみて評価するのだろうということは、対話については専門家ではないのでわかりません。聞いてみたいです

引き続き、他の企画や、大分での自分の授業設計を考えながら、振り返りをしてみようと思います。こういう場に書かないと忘れるので。

2013/06/26

【開催報告】ワークショップ「モノで演じる、エンゲキで遊ぶ」が終わりました。

これからは数日に1記事だけでも更新したい今日このごろ。山田小百合です。

6月15日、演劇百貨店店長こと柏木陽さんと一緒に「モノで演じる、エンゲキで遊ぶ」というワークショップを行いました。
実施から1週間以上経ってしまったのですが、ワークショップが終わったあと、「福武ホール、もっと遊べる」と実感し、とってもワクワクしました。本当に雨が降らなくて良かった。


当初は20名の参加者を募っておりましたが、申込み多数だったため、急遽30名ギリギリまで募集した次第です。
参加できなかったみなさま、本当にすみませんでした。。またお越しいただけると嬉しいです。

実は今回のワークショップは、カフェイベントEduce Cafe(NPO法人EduceTechnologies)との入れ子企画で、昼間に実施した「モノで演じる、エンゲキで遊ぶ」を、後半のカフェイベント「『エンゲキで遊ぶ』をしゃべる」で、実際当日に行ったワークショップの写真を見ながら振り返る、という企画でした。

会場はお馴染み東京大学本郷キャンパスにある、福武ホールです。
 http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/

そのため、今回は写真もプロのカメラマンの方にお願いしております。
こんな素敵な写真を撮ってくださったのは、プロの写真家、金田幸三さん。
 http://www.ozok.jp/site_ozok/site_ozok.html


今回は、まずワークショップ「モノで演じる、エンゲキで遊ぶ」について報告します!

今回は大人のほうが少し多い人数比率ですが、マイノリティのはずの子どもたちの自由奔放な姿に戸惑う、マジョリティの大人のみなさまの図。(笑)
今回の最年少参加者は2歳の女の子。今日は、この2歳児ちゃんに合わせてプログラムを実施することにしました。

まずは「だるまさんがころんだ」をスタジオ内で実施。鬼は「おっちゃん」こと柏木さん。



お気づきかと思いますが…狭い。(笑)
そして、こういう場所で大活躍するのはちびっこのみなさん。
我こそはと鬼の背中をめがけてダッシュしてきます。そしてちびっこたちに想いを託す大人の図です。(笑)しかし狭い。



ということで、次。スタジオの外へ。次はながーい廊下でだるまさんがころんだをやります。ただし、従来のだるまさんがころんだにルールをつけていきます。



鬼が振り返ったときに固まることに加え、複数でくっつくよう指示されます。後半ではくっつく身体の部位が指定されることも。鬼の指示通りに出来なかった人は、一番後ろからやり直し。
つまり、協力し合わないと鬼に勝てません。ということで、大人もちびっこも協力しあって、鬼に攻めていきます。




んー、しかしこれでも狭い…。
ということで、次は福武ホールの外へ。次はいろいろな動物やものになりすましながらだるまさんがころんだをやります。晴れてよかった!

これはヘビ。いろいろなヘビがいますね。


協力しあって自転車になったり。


扇風機にもなりました。さらに、おっちゃんがスイッチをいれると扇風機が動きます。


いろいろなものになりすましていくうちに、だるまさんがころんだのことをすっかり忘れていました。(笑)

次は室内で紙をつかって遊びます。


2人1組で紙を落とさないようにしていたら、自然とアーチが出来上がっていました。アーチをつくったり、その下をくぐったり。


紙とお友達になれたところで、ここからが本番です。(やっと…。笑)
4グループに分かれてもらい(各グループにちびっこ1人以上)、「浦島太郎」のワンシーンを演じてもらいました。
浦島太郎のどのシーンをみんなでつくるか、まずは話し合いから。どのシーンで誰が何の役になるのかを考えます。



そして各チーム発表。これは亀がいじめられている冒頭のシーンですね。


浦島太郎が龍宮城に到着するシーンも。


浦島太郎のことを思い出してもらいつつ、次は、自分たちの演じる「場所」も決めて、浦島太郎のシーンを演じます。
福武ホールの周辺であることを条件に、各チームが外に出発します。みなさんが持ってきてくださった新聞紙も使いながら、演出を深めます。




さて、各チームが発表した様子はこのとおりです。どのシーンかわかりますか?

自動ドアを巧に利用していますね。


福武ホールの外階段や地下1階の部分を上手に使っています。


これはちょっと見えにくいかな。奥に浦島太郎がいます。


鑑賞中。鑑賞する場所も、指定されます。


これは福武ホール隣の藤棚の下ですね。龍宮城にいる様子かな。


最後、玉手箱を開けておじいさんになるところまで演出してくれました!


2時間という短い時間に、「おとな」も「こども」も関係なく、動きまわって遊びました。身体を使って楽しく誰かと関わること、そして、福武ホールという特徴的な建物全体を「ステージ」に見立てること、が今回の目的でした。



今回の大人と子どもの比率を例えると、地域で見られる大人と子どもの割合にほぼ等しいと言えます。しかし、まちなかで出会う子どもたちと、こうして遊ぶような機会は減ってしまっているようにも感じます。大人も子どもも、多くの人が街中でお互いすれ違っているにもかかわらず、大人も子どもに「出会わない」し、子どもも大人に「出会わない」ことが多くなってしまいました。とはいえ、闇雲に世代の違う人達が関わり合う機会を作ることは、年々難しくなってきたように思います。

また、福武ホールは建築家の安藤忠雄さんの設計でおなじみですが、福武ホールという特徴的な建物が、もっと活かされる活用法はないのだろうか、というのが、この企画の出発点の1つでした。建築家はすべての設計に意味付けをしながら、1つの建物を生み出しているはずです。しかし、その1つひとつの意味付けを、利用者は意識しないことが多いのではないでしょうか。外階段も、地下2階の入り口前も、地下1階の入り口前も、とても特徴的であることが、写真からも確認できると思います。
多くの団体が利用するこの面白い建物福武ホールが、1つの大きなステージにならないのか、という思いで、今回ワークショップを企画しています。安藤忠雄さんは、どう感じるのか、個人的には気になるところです。

Collableは、いろんな子どもたちが、いろんな世代の大人と出会う機会を、これからも増やして行きたいと思っています。

最後に、NPO法人演劇百貨店の柏木陽さん、NPO法人EduceTechnologies森玲奈さん、素敵な写真を撮ってくださった、金田幸三さん、本当にお世話になりました。

Educe Cafe「『エンゲキで遊ぶ』をしゃべる」については、次の機会に書きます!